君を忘れるための春。



一方、花園高等学校が貸し切っている合宿所の道場では、他校との激しい合同錬成会をすべて終えた部員たちが、食堂に集まって大騒ぎをしていた。

窓の外でパッと夜空を彩る大輪の花火を見上げながら、お肉やジュースを片手に「美味い!」「生き返るわ!」とワイワイ盛り上がっている。

そんな賑やかな喧騒から離れ、一人、暗い道場の庭先で静かに竹刀を振るう影があった。東雲響矢だ。

「――ふぅ」

連続の素振りを終え、響矢は汗ばんだ額を学ランの袖で乱暴に拭いながら、遠くの夜空に咲く花火をじっと見つめた。
きらきらと光る火花が、彼の切れ上がった瞳に寂しげに反射する。

「はぁー……。糸ちゃんも今頃、家でこの花火、見てんのやろかなぁ……」

ぽつりと漏れた溜息は、夜の風に溶けて消えていく。
年に一度の夏祭り、大好きな女の子をデートに誘っておきながら、自分はこんな暑苦しい場所で竹刀を振っている。
自分の不甲斐なさに、胸の奥が少しだけきゅっと痛んだ。

その時だった。
はだけ袴のポケットの奥で、スマホがブーと短く、激しく震えた。

「ん? 誰や、こんな時間に……」

怪訝そうに眉をひそめながら液晶画面を開いた瞬間、響矢の身体が弾かれたように強張った。
ディスプレイに表示されていたのは、見間違えるはずもない『逢沢糸』の文字。

響矢は驚きに大きく目を見開き、慌てて通話ボタンをタップして耳元に当てた。

「もしもし、糸ちゃん!?」

『――はぁ、はぁ……っ、響矢くん……!』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、いつもの上品でおっとりした標準語ではなく、酷く息を切らせて必死に走っている糸の声だった。

『響矢くん、今、どこ……っ?』

「え? 糸ちゃん、どないしたん!? なんでそんな息上がってんの……。俺は、学校の道場の前にいてるけど……」

『まだ、道場にいるんだね! わかった……っ! ちょっと、そこで待ってて……っ!』

「え? 糸ちゃん? ちょい待って――」

響矢の制止の声を遮るように、ツブッと無情な電子音が響き、通話は一方的に切れてしまった。耳元からはプー、プー、という無機質な音が虚しく響いている。

「なんや……? 糸ちゃん、一体どないしたんやろ……」

響矢の頭の中に、たくさんのハテナマークが浮かび上がる。
まさか、東京からやってきた恭弥との過去を完全に精算し、浴衣姿のまま自分のもとへと夜道を全力疾走してきているなんて、この時のお調子者な主将はこれっぽっちも想像していなかった。

響矢は首を傾げながらも、スマホをポケットにしまい、再び竹刀を正眼に構えた。
頭上でカァンとけたたましく弾ける大きな花火の光に照らされながら、響矢はそわそわとする胸の鼓動を誤魔化すように、静まり返った庭先で、何度も、何度も竹刀を振り下ろし続けていた。