「ねぇ、凛」
抱きしめ合っていた身体をゆっくりと離し、糸は親友の瞳を真っ直ぐに見つめて、ずっと胸の奥に閉じ込めていた問いを口にした。
「ん? なに?」
凛はいつもの優しいお姉さんの顔に戻って、小さく首を傾げる。
「凛は……今でも、恭弥のこと好き……?」
直球すぎる質問に、凛の大きな瞳が一瞬、揺ら揺らと切なげに揺れた。けれど、彼女はすぐに自分の心に嘘をつくのをやめるように、「うん……そうだね」と、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「あんなに格好よくて優しい男の子だもん。そう簡単には嫌いになれないよ。……糸は?」
「そっか……。私も、ずっと大好きだよ」
「ふふ、私達、ずっと同じ道で迷ってたんだね」
「うん…遠回りしてたね」
糸もまた、初めて凛の前で、自分の大切な初恋を認めることができた。
誰かを傷つけないための嘘ではなく、自分の誇りとしての本音。それを受け止めた凛は、本当に嬉しそうに、すっきりとした顔で頷いた。
◇
それから二人は、新幹線のプラットホームへと移動し、別れの時を迎えていた。
「恭弥が近いうちにそっちに向かうと思う。あいつ、糸にちゃんと自分の口から気持ちを伝えたいって意気込んでたから。……糸は糸の、今の本当の気持ちを、あいつに全力でぶつけなさいよ」
凛は改札の手前で立ち止まり、糸の肩を優しく叩いてエールを送った。
恭弥はまだ、糸が京都で東雲響矢という新しい光に出会っていることを知らない。そして糸自身も、自分の心の中に芽生えた響矢への恋心に、もう嘘はつけなくなっていた。
「うん。ちゃんと、逃げずに話すよ」
糸は今度こそ、偽りのない、太陽のように眩しい本物の笑顔で笑ってみせた。
「じゃあね、糸。絶対に幸せになりなさいよ」
「ありがとう、凛。凛もね」
凛はそっと新幹線に乗り込み、窓の向こうから小さく手を振った。
発車のベルがホームに鳴り響き、重厚な金属音を立てて新幹線がゆっくりと滑り出していく。東京へと戻っていく凛を乗せた白い車体が、スピードを上げて遠ざかっていく。
糸は立ち止まったまま、その姿が完全に視界から消え去るまで、ずっと、ずっとホームで見送り続けた。
新幹線が通り過ぎた後のホームに、生温い真夏の風がヒュウと吹き抜け、糸の茶色いロングヘアを優しく揺らした。
東京のホームで逃げるように旅立ったあの日とは、全く違う。
今の糸の胸にあるのは、過去を乗り越え、自分の足で未来へ歩き出そうとする確かな強さだった。
駅を出て、照りつける太陽の下へと一歩を踏み出す。
街のあちこちから湧き上がるような、うるさいほどの蝉の鳴き声が、いつまでも鼓膜の奥へと響き渡っていた。



