響矢に聞いたのか、心配でたまらないといった様子で結月が保健室に飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。
「ちょっと!? どないなってんの、糸ちゃん! 倒れたって、なんで私に連絡してくれへんかったんよぉ! ほんまに、ほんまにごっつい心配したんやからね……!!」
結月は息を切らせ、半泣きになりながらベッドの脇へ駆け寄った。
その裏表のない、真っ直ぐな親友の優しさに触れて、糸の心は痛む。
「ごめんね、結月。心配かけて、本当にごめん」
糸はベッドの上で、申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
すると、結月は涙目を少しだけ拭うと、今度は何かを察したようにジトォーッとした目線を糸へと向けた。
「ほんで? ……響矢とは、なんか上手くいったんやろなぁ?」
「ええっ!? な、何もないよっ! 何言ってるの、結月っ!?」
おでこへのキスの感触が残る額が、一気にカッと熱くなる。
たじろぎながら全力で首を横に振る糸を見て、結月はニヤニヤとした怪しむような笑みを深めた。
「あーっ! 怪しい! 響矢のやつもさっき廊下でなんやソワソワして歩いとったし、二人してなんか私に隠し事してるやろ~?」
「本当に何もないから……っ!」
必死になって結月をなだめ、誤魔化そうと言葉を捲し立てる。
しかしその時、糸は自分の視線の片隅で、パイプ椅子の上のカバンから覗くスマホの画面が、静かに白い光を放っていることに気がついた。
(……あ)
結月との会話を遮るようにして、糸は吸い寄せられるようにスマホを手にとり、画面を開いた。
そこに表示されていたのは、一週間前に心をかき乱された、あの『恭弥』からの新しいメッセージだった。
通知のポップアップを開いた瞬間、糸の胸の奥が、ドクンと大きな音を立てて冷たく締め付けられた。
『糸。今度の夏休み、そっちに行けることになった』
ただ、それだけの一文。
京都で新しい幸せを見つけ、響矢の真っ直ぐな熱量に惹かれ始めたまさにそのタイミングで届いた、恭弥からの予告。
「……っ」
あまりの衝撃に言葉を失い、完全に硬直してしまった糸。
その尋常ではない雰囲気を察して、結月は楽しそうにからかっていた声を止め、ひどく心配そうに顔を覗き込んできた。
「え……糸ちゃん、どないしたん……? 急に顔色悪なって……」
「う、ううん! 何でもないの、ちょっとまだ頭がクラクラするだけだから、大丈夫だよ」
糸は慌ててスマホの画面を伏せ、いつもの優しい作り笑いを浮かべて見せた。
「そう? 無理したらあかんで。……あ、そういえば響矢のやつもさぁ~、団長のくせに片付けサボって何しとるんやって先輩に怒られててな!ほんまウケるわぁ〜」
親友の気遣いによって、話題はすぐに別の賑やかな日常へと切り替わっていった。
糸は結月の他愛もない話を笑顔で聞きながら、伏せられたスマホの画面をちらりと盗み見た。
胸の奥で、小さなザワめきが次第に波のように押し寄せてくる。
やっと過去の清算から解放されると思ったのに。
夏休み、恭弥がこの京都の地にやってくる。
その事実がもたらす見えない不安を必死に抑え込むように、糸は自分の体操服の胸元を、ぎゅっと強く握りしめていた。



