「……っえ」
あまりにも突然で、あまりにも真っ直ぐな響矢からの告白。
糸は驚きのあまり声を失い、彼の腕の中で置物のように完全に固まってしまった。
そんな糸の様子を見て、響矢はふっと腕の力を緩めると、いつものように人懐っこく悪戯っぽく笑った。
「まぁ、返事は今すぐじゃなくてええから」
「でもっ……!」
私はあなたを傷つけたのに。恭弥の残像を重ねていただけなのに。
そう必死に言い返そうとした、その瞬間だった。
響矢はクスリと小さく笑うと、ほんの少しだけ顔を近づけ、糸の額にチュッと柔らかい唇を落とした。
「っ――!?」
「まぁ、要するに?俺が糸ちゃんの心ん中に居座ってる、その“恭弥”っていう男に勝てばええだけの話やろ?」
響矢はニカッと白い歯を見せて、お日様みたいに眩しく笑ってみせる。
「ほな、結月も外でごっつい心配しとるやろうから、声かけてくるわ。糸ちゃんはもうちょっと横になっとき」
それだけ言い残すと、響矢は長い足を動かして、あっという間に保健室のドアを開けて出ていってしまった。
ガラガラ、パタンと、静かに引き戸が閉まる。
薄暗い保健室に取り残された糸は、ベッドの上で完全に放心状態だった。
胸の奥で、心臓が今までにないほど激しく、壊れた鐘のようにドクドクと鳴り響いている。
糸はおそるおそる自分の額に手を当てた。触れられた場所が、まだ微かに熱い。
(え……っ!? 私、いま……おでこにキス、されたよね……!? ええっ!?)
一瞬遅れて脳が事態を理解した瞬間、糸の顔は、耳の裏まで一気に沸騰したように真っ赤に染まった。
残像ではなく、たった一人の男の子に、糸は今、間違いなく女の子として激しく心を揺さぶられている。
その甘い衝撃に、糸は頭を抱えてベッドに突っ伏すことしかできなかった。
◇
その頃、保健室のドアを閉めた響矢は、誰もいない廊下にぽつんと佇んでいた。
「……はぁーーー」
深く、重いため息が口から漏れる。
糸の前ではあれほど自信満々に格好つけてみせたものの、彼の耳の裏は、今の糸に負けないくらい真っ赤に染まり上がっていた。
「言ってもうた……。あかん、勢いで全部言ってもうたわ……」
響矢は顔を両手で覆い、自分の心臓のバクバクという高鳴りを抑えるように、とぼとぼと情けない足取りで廊下を歩き出した。
お調子者のフリをして格好つけた裏で、響矢もまた、心臓が張り裂けそうなほど緊張していたのだ。
そんな二人の甘い余韻が残る、誰もいない保健室のベッドの脇。
パイプ椅子の上のカバンから、糸のスマホがブルリと短く震え、白い液晶の光を放った。
ポップアップで画面に浮かび上がったのは、やはりあの『恭弥』の二文字。
メッセージの件名には――。
『糸。今度の夏休み、そっちに行けることになった』
ただ一言、京都への決定的な来襲予告が刻まれていた。
過去を上書きしようと誓った響矢の覚悟を、あざ笑うかのように届いた東京からの足音。
けれど、恋の嵐に巻き込まれたばかりの糸は、その最悪のタイミングでのメッセージに、まだまったく気がついていなかった。



