当てもなく、広い運動場を懸命にしらみ潰しに探しはじめる糸の姿があった。
息を切らし、額から流れる汗を何度も体操服の袖で拭いながら、乾いた土の上に視線を落とし続ける。
しかし、どれだけ目を凝らしても、あの大切なイルカのキーホルダーは見当たらない。
その頃、片付けを終えて教室に戻っていた結月は、そこに糸の姿がないことに気がついた。
ガランとした席を見つめ、結月はふっと不敵な笑みを浮かべる。
「あ、もしかして……今頃、糸ちゃんと響矢のやつ、二人きりでええ感じになってたりしてー!?」
一人で想像を膨らませ、ワクワクとしたとんだ勘違いをしている結月。
しかし、その思惑とは裏腹に、白組の応援団長として大活躍を収めた響矢もまた、校舎の中で糸の姿を探し回っていた。
「あれ? 教室にはおらんかったよなぁ……。てか、結月のやつもどこ行ったんや、ほんまに!」
学ランの襟元を緩め、気怠げに髪をかき上げながら、響矢はもどかしそうに廊下を進んでいく。
その頃、運動場をほとんど回りきって、糸は最後に、あの昼休みに立ち寄った自動販売機の前へとたどり着いていた。
初夏の強い日差しを遮るもののないグラウンドをずっと歩き回っていたせいで、体はからからに渇き、頭がクラクラと熱くなっている。
「もしかしたら、ここに……っ」
朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めながら、糸は自販機の足元へと視線を這わせた。
その時、暗い自販機の下の隙間の角に、きらりと光るものを見つける。それは、見間違えるはずもない、あの小さなイルカの頭だった。
糸は大きく目を見開き、歓喜に声を震わせた。
「あっ、あった……っ!」
その場にへなへなと崩れ落ちるようにしゃがみ込み、土に汚れたキーホルダーを拾い上げる。今にも涙が零れ落ちそうになりながら、糸はそれを自分の胸の前で、壊れ物を扱うかのようにぎゅっと大事に握りしめた。これでもう、大好きな恭弥がくれた大切な思い出を失くさずに済んだのだと、激しい安堵が胸を包み込む。
「――糸ちゃん!」
その時、背後から驚いたような、ひどく焦った声が響いた。
聞き慣れたその声に、糸は重い頭を動かしてゆっくりと振り返る。そこには、息を切らせてこちらへ駆け寄ってくる響矢の姿があった。
「響矢、く……っ」
彼の名前を呼ぼうとした、その瞬間だった。
長時間を猛暑の運動場で過ごしたツケが、一気に糸の身体を襲う。視界がぐにゃりと大きく歪み、響矢の学ランの黒い影が、目の前で急激に傾いていく。
糸の身体は、糸の切れたお人形さんのように、そのまま乾いた地面へと倒れ込んでしまった。
「糸ちゃん!? ――おい!どうしたんや!
糸ちゃん!おい、―――糸っ、、糸っ―― !!」
響矢の叫び声が、遠のいていく意識の向こう側で微かに聞こえた。
駆け寄ってきた響矢は目を見開き、倒れた糸の肩を抱き寄せ、何度もその名前を呼んで揺さぶる。しかし、熱中症で完全に限界を迎えた糸は、浅い息を切らすばかりで、どうしても目を開けることができなかった。
「クソッ、体めっちゃ熱いやんか……っ!」
響矢の顔から余裕が完全に消え去る。彼は焦りで奥歯を噛み締めると、迷うことなく糸の身体の下に腕を滑り込ませた。
軽々と持ち上げられた糸の身体は、響矢の胸の中へとすっぽりと収まる。
お姫様抱っこの形で、糸の華奢な身体をこれ以上ないほど大事そうに力強く抱きかかえ、響矢は地面を強く蹴った。
「糸っ、今保健室連れてったるからな……っ!」
今、自分を必死に守り、必死に名前を呼び続けてくれているのは、目の前にいる響矢の強くて温かい腕だった。
響矢は糸を強く抱きしめたまま、校舎へと風を切って猛スピードで走り出した。



