体育祭は無事に閉会式を迎え、グラウンドでは一斉に片付け作業が始まった。それまで一つの熱狂に包まれていた生徒たちが、それぞれの役割を果たすためにあちこちへと散らばっていく。
糸は白組の陣営に視線を向けたが、学ラン姿の響矢の周りにはすでにクラスメイトや女子生徒たちが大勢集まり、賑やかに写真撮影が始まっていた。その中心で戸惑いつつも嬉しそうに笑う彼の姿を見て、糸はそっと息を吐き出す。
「まあ、後で会いに行けばいっか……」
自然と口元にクスリと愛おしそうな笑みがこぼれた。かつての東京での行事のように、誰かの影に隠れて寂しさを堪える必要はもうないのだ。
「糸ちゃん! 片付けが終わったら、後で一緒に写真撮ろー! 響矢のやつも無理やり混ぜてな!」
赤いカラーコーンを両手に抱えた結月が、ひまわりのような笑顔を輝かせながら走ってきた。糸の胸は弾み、心からの笑顔を浮かべて「うん、絶対に撮ろうね!」と頷いた。
糸は結月に手渡された分のコーンや体育祭の用具を抱え、運動場の少し離れた場所にある薄暗い備品倉庫へと向かった。
倉庫の中に入り、用具を棚へ戻そうとした、その時だった。
上段に片付けられていた競技用の重い鉄製の棒が、バランスを崩してカシャン!と派手な音を立てて倒れてきた。
「きゃっ……!」
突如降ってきた衝撃に驚いた糸は、避ける拍子にバランスを崩し、その場に軽く尻もちをついてしまった。
「痛たた……。びっくりしたぁ……」
怪我がないことを確かめ、ふぅと息を吐きながら手のひらについた砂を払う。
その時、衝撃で体操服のポケットから滑り落ちていた財布が目に留まった。糸はそれを拾い上げ、何気なくファスナーのあたりを見つめた。
その瞬間、糸の全身から血の気がすうっと引いていった。
「……あれ? 嘘、……」
いつもそこにあって、指先でその丸みを確認していたはずの、あの小さなイルカの形。
小学校の頃に恭弥が私を守って、取り返してくれた、世界に一つだけのあの大切なキーホルダーが、どこにもついていなかった。
繋いでいた細い金具だけが、寂しそうに丸く残されている。
ドクン、と心臓が凍りつくような冷たい衝撃に襲われ、一瞬にして冷や汗が背中を伝う。
「ない……キーホルダーがないっ……! どうしよう、どこで失くしちゃたの……!?」
頭の中が一気にパニックに陥り、糸は座り込んだまま激しく動揺した。
もう、恭弥への未練に振り回されるのはやめようと、響矢のことを真っ直ぐ見つめようと決意したばかりだった。
けれど、あのキーホルダーは、自分がどんなに不器用で醜くても、自分をただ一人の女の子として守ってくれた恭弥の優しさそのものだったのだ。大切な過去の結晶が、跡形もなく消えてしまっている。
いつ落としたんだろう。きっと体育祭の最中だろう。
広いグラウンドのどこかに置き去りにしてしまったかもしれない恐怖に、糸は目尻に涙を溜めながら、震える手で地面を探し始めることしかできなかった。



