君を忘れるための春。


そして待ちに待った放課後。
カラリと晴れ渡った初夏の青空の下、運動場では各組の応援団の練習が一斉に始まっていた。

授業が終わると同時に、糸と結月は運動場へと向かった。
校舎を出てすぐ、二人の耳に飛び込んできたのは、男子生徒たちの掛け声と、それを何倍も上回る女子生徒たちの黄色い大歓声だった。

「なんや、うるさいなぁほんまにっ……」

運動場の端に集まる女子生徒の人だかりを見て、結月はあからさまに眉間にシワを寄せ、耳を塞ぐようにして呟いた。
一方の糸は、東京の学校では見たこともないほどの凄まじい熱気に圧倒され、大きな目を丸くしてキョロキョロと周囲を見回していた。

「あそこにいるの、みんな応援団のファンなの……?」

糸が不思議そうに尋ねると、結月は腕を組んでフンと鼻を鳴らした。

「そうやで。やっぱ、剣道部の奴らは運動神経ええしガタイもええから、ごっついモテてんねん。私は毎日あいつらのアホな顔見てるから、何がええんかさっぱりようわからんけどなぁ」

応援団の幹部や団長には、例年剣道部の部員が何人も混じっており、女子生徒の間で密かに絶大な人気を誇っているらしい。
そんな学校ならではの事情を知らなかった糸は、「そうなんだ……」と改めて驚いていた。

糸が自然と、白組の応援陣営が集まる一角へと視線を向ける。その瞬間、彼女の心臓がドクンと小さく跳ね上がった。

そこに立っていたのは、いつものおちゃらけた雰囲気を完全に消し去り、黒い学ランに身を包んだ響矢だった。
長く白いタスキをきゅっと締め、真剣な鋭い眼差しでホイッスルを吹く。
太鼓のビートに合わせてキリッと凛々しく両手を動かし、大声を張り上げて団員たちを引っ張る彼の姿は、圧倒的な男らしさに満ち溢れていた。

響矢がピシッと型を決めるたび、周囲を取り囲む他クラスの女子生徒たちが一斉に色めき立つ。

「きゃーっ! 響矢くんカッコいいー!」
「こっち向いてー! 団長ーっ!」

飛び交う熱烈な声援。東京にいた頃、いつも女子の中心にいて「恭弥くんっ」と慕われていた彼の姿が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
けれど、今の糸の目を捉えて離さないのは、彼の残像なんかではなかった。

「響矢くん……学校で、結構人気なんだね……」

あまりの人気の高さに、糸はどこか胸の奥が少しだけチクリと痛むような、不思議な驚きを感じていた。

(あれ…、なんだか今、チクリとしたような…)

すると、隣にいた結月がその小さな変化を見逃さず、ニヤニヤとした意ヒルな笑みを浮かべて糸の肩を小突いた。

「安心しぃ、大丈夫やで糸ちゃん! 周りがどれだけギャーギャー騒ごうが、響矢のやつ、糸ちゃんのことしか見てへんから!」

「えっ!? いや、違うよ、ただ驚いただけだってば……! 誤解だよ、結月っ!」

結月のあまりにも直球なからかいに、糸は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げ、慌てて両手をパタパタと振って否定した。
周りの女子生徒に聞かれたら恥ずかしすぎる。

その時だった。

「あ! 糸ちゃんやん!」

学ランのポケットからスマホを取り出し、こちらに気づいて、嬉しそうに大きく手を振る響矢の声が聞こえた。