初夏の、少し汗ばむような青い風がふわりと校庭を舞う頃。
学校全体がにわかに活気づく、体育祭の季節がやってきた。
「今年は、二組が絶対に総合優勝をもぎ取るでぇーっ!」
朝から拳を突き上げて気合いを入れている結月の声に引っ張られるように、教室内は種目決めの話題で大いに盛り上がっていた。
話し合いの結果、糸はチームワークが鍵となる玉入れの種目に出場することになり、運動神経抜群の結月は花形種目である障害物リレーに参加することが決まった。
「頑張ろな、糸ちゃん! 私がごっついリードして、バトン回したるから!」
「うん! なんだかすごく楽しみだね、結月!」
お互いに顔を見合わせて、声を弾ませて笑い合う。東京の学校にいた頃は、行事のたびに恭弥と凛の仲睦まじい姿を特等席で見せつけられるのが苦しくて、どこか憂鬱だった。けれど、今の糸の胸にあるのは、純粋に新しい仲間と楽しみたいという前向きな期待だけだった。
この時期の授業はほとんどが学活に変わり、どのクラスもクラスTシャツ作りの作業に大忙しだった。
糸が自分の席で、支給されたTシャツの胸元に、一針一針丁寧にオリジナルの刺繍を施していた、その時。
「お、糸ちゃん! へぇ、刺繍やってんの? 結構うまいやんか!」
ガラガラと引き戸が開き、廊下からひょっこりと現れた東雲響矢が、糸の机のすぐ横に立ってニカッと眩しく笑った。
「――っ、響矢くん!?」
あの日の渡り廊下での甘く真剣なやり取り。
それ以来、ベッドの中で何度も思い出しては悶々としていたこともあり、糸の胸の奥は一瞬でドキリと激しく跳ね上がった。
「あっ、うん、ありがとう! これ、色の組み合わせが結構難しいんだよね」
糸は針を刺す手を止め、少し上気した顔を隠すように、なるべく普通を装って言葉を返した。
しかし、その何気ない会話を至近距離で聞いていた結月が、まるでスローモーションのようにゆっくりと首を巡らせ、驚愕に目を見開いた。
「……って、ええええええええっ!? ちょ、ちょい待ちぃな!! いつの間に、糸ちゃんが響矢のこと『下の名前』で呼んでるんっ!? 何それ! いつの間にそんな仲良うなってんのー!?」
結月の絶叫に近い突っ込みが教室に響き渡る。
それを見た響矢は、待ってましたと言わんばかりに「してやったり」な不敵な笑みを浮かべ、胸を張った。
「甘いなぁ、結月! 世の中アップデートは秒進分歩や。ちゃんと更新しとかんと置いていかれるで? ま、なんでかは二人だけの秘密やけどなぁ? ――なー、糸ちゃん!」
響矢は悪戯っぽく片目を細め、糸に向かってどこまでも人懐っこく、そして底抜けに眩しい笑顔を向けてみせた。
「っ……!」
(やだ、また私緊張してる…?)
そのあまりの眩しさと、恭弥にそっくりなはずなのに全く違う『響矢』だけの絶対的な熱量に、糸はまたしても頭の中が真っ白になるほどドキッとさせられていた。



