「……あっ」
唐突な響矢の登場に、糸は小さく息を呑んで驚きに肩を揺らした。
繋がったままのスマホからは、『……あれ、糸? 今の、誰の声――』と困惑する恭弥の声が微かに漏れ聞こえてくる。
糸は我に返ったように慌てて通話口に声を吹き込んだ。
「ごめん、もうすぐ予鈴が鳴るから、切るねっ!」
それ以上の言葉を拒むように、糸は逃げるように通話終了のボタンをタップした。
スマホの画面が暗くなると同時に、糸の目の前へ響矢が爽やかに歩み寄ってきた。
「あ、電話しとったんか! ごめんなぁ、邪魔してもうて。気ぃつかへんたわ」
響矢は頭の後ろをかきながら、いつものようにからっとした笑顔を見せる。
糸は、恭弥への複雑な未練と響矢の突然の接近によって、胸の奥で心臓がドクドクと激しく脈打つのを感じていた。
その大きくなる鼓動の音が響矢に聞こえてしまわないか、不安でたまらなくなる。
糸は無意識のうちに、スマホを持った片手を後ろに隠すように回した。
「ううん、大丈夫! ちょっと東京の友達と話してただけだから! それより東雲くん、奇遇だね。こんなところで会うなんて」
声が震えないよう、必死に平然を装う。
よそよそしい態度になってしまっている自覚はあったけれど、なるべく自然に見えるように、糸は引きつる頬を動かして精一杯の作り笑いを浮かべた。
しかし、響矢の反応はいつもと違っていた。
彼はいつものお調子者としての笑顔を引っ込め、その大切な物を見るような瞳で、じっと糸の顔を覗き込んでいる。その珍しく真剣な眼差しに、糸は射抜かれたように硬直する。
「……ほんまに、ただの友達なんか?」
「え、」
静かな渡り廊下に、響矢の低く落ち着いた声が真っ直ぐに響く。糸は驚きに大きく目を見開いた。
響矢は隠された糸の動揺をすべて見透かすように、ゆっくりと糸の顔の近くへ手を近づけた。
触れるか触れないかという絶妙な距離で、彼の長い指先が糸の目元を優しく指し示す。
「なんか、糸ちゃんが今、泣いてるように見えたんや」
「っ――!」
図星だった。
恭弥の言葉に胸を揺るがされ、あの日を思い出すかのように、涙がこぼれそうになっていた瞬間を、彼は捉えていた。
糸は心臓を冷たい手で掴まれたような衝撃に襲われ、咄嗟に後ずさりをして響矢との間に距離を置いた。
いつも真ん中で二人を繋いでくれていた結月が、今はここにいない。
その事実が急に、たまらなく気まずく感じられた。
恭弥にそっくりなはずなのに、恭弥よりもずっと鋭く自分の内側に踏み込んでくる彼の熱量に、今の糸の心は耐えきれそうになかった。
「やだな、そんなことないよ……っ! ほら、もうすぐ予鈴が鳴っちゃうよ?教室に行こ、東雲くん」
これ以上追求されたくなくて、糸は早口で捲し立てると、響矢の横をすり抜けるようにして、横を通り過ぎようとした。



