リリアは緊張していた。
目の前には、一週間ぶりに会うアルベール。
(私……。)
(今までどんな風に話してたっけ?)
いざ顔を合わせると、頭の中が真っ白になる。
視線を泳がせていると、不意に王妃エレノアと目が合った。
王妃はにっこり笑って、ぱちんとウインクを送る。
(えぇ……。)
(そんな「頑張って!」みたいな顔をされても……。)
困惑しながらも、リリアは深呼吸を一つした。
そしてスカートの裾をつまみ、美しく礼をする。
「この度、縁談のお話をいただきました、リリア・アシュフォードと申します。」
「アルベール殿下とお会いできたこと、心より嬉しく思います。」
「本日はよろしくお願いいたします。」
(没落して二年。)
(正直、貴族の嗜みや礼儀なんて半分くらい忘れかけてる。)
(でもこれはテストという名の実践!)
(令嬢役を任された以上、最後までやりきってみせる!)
そんな決意とは裏腹に。
アルベールは不思議そうな顔で首を傾げた。
「……なぜ他人行儀なんだ?」
(ごもっともな疑問!?)
「え、えっと……。」
リリアは慌てて笑顔を作る。
「今までのアルベール様と私は、生徒と先生でしたよね?」
「あぁ。」
「でも今日は。」
リリアは胸の前で両手を重ねた。
「王太子殿下と婚約者候補ですから。」
「新たな気持ちでご挨拶いたしました。」
「……新たな。」
アルベールは小さく繰り返す。
「関係性か。」
「はい!」
「そういうことです!」
アルベールは静かに頷いた。
そして。
ふっと微笑む。
「リリア嬢。」
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。」
「あなたのような可憐で愛らしい方にお目にかかれたこと、誠に光栄に思います。」
「……え?」
リリアは目を丸くした。
(な、なになになに!?)
(アルベール様って、そんな笑顔でそんな台詞が言える人じゃなかったよね!?)
(え!? 一週間で何があったの!?)
少し離れた場所では。
王妃とシグルドが顔を見合わせていた。
「……。」
「……。」
二人は何も言わず、小さく頷く。
そして邪魔をしないよう、そっとその場を離れていった。
◇ ◇ ◇
「アルベール様。」
リリアは思わず笑みを浮かべた。
「少し会わない間に、変わられましたね。」
「そうか?」
「はい。」
「リリアも変わった。」
「え?」
「今日は、いつもと違う。」
「あぁ。」
リリアはドレスの裾を見下ろす。
「今日は変わっているだけですよ。」
「最後にドレスを着たのなんて数年前ですから。」
「歩きづらくて仕方ないです。」
言った瞬間、はっとする。
(しまった!)
(つい本音で話しちゃった!)
(私が令嬢らしく振る舞わなきゃ、テストにならないのに!)
するとアルベールが一歩近付いた。
「リリア。」
「はい?」
「少し触れてもいいか?」
「え?」
次の瞬間。
ふわり、と身体が宙に浮いた。
「きゃっ!」
アルベールがリリアを軽々と抱き上げていた。
「な、なななっ!?」
「アルベール様、一体何を!?」
「何って?」
アルベールはきょとんとした顔をする。
「歩きづらいんだろう?」
「これなら問題ない。」
「大ありです!」
リリアは顔を真っ赤にする。
「降ろしてください!」
「自分で歩けますから!」
「……そうか。」
少し残念そうにリリアを地面へ降ろすアルベール。
(まったく……。)
(時々、本当に突拍子もないんだから。)
でも。
抱き上げられた腕の温もりだけは、なかなか消えてくれなかった。
◇ ◇ ◇
「リリア。」
「はい?」
「この後、何がしたい?」
(この格好で図書館には行きたくないし……。)
(庭園も、この靴じゃ歩きづらいし……。)
少し考えてから答える。
「お茶はいかがでしょうか?」
「わかった。」
二人は宮殿のテラスへ向かった。
爽やかな風が吹き抜ける。
香り高い紅茶が運ばれてきた。
リリアは一口飲み、ぱっと表情を明るくした。
「このお茶、とても美味しいですね!」
「隣国から取り寄せているものなんだ。」
「へぇ。」
思わず笑みがこぼれる。
「お母さまとマルタにも飲ませてあげたいです。」
「マルタ?」
「はい。」
リリアは懐かしそうに笑った。
「爵位を返上した後も、唯一残ってくれた使用人です。」
「小さい頃からずっと私のお世話をしてくれていて。」
「もうお爺ちゃんなんですけどね。」
「あぁ。」
アルベールも思い出したように頷く。
「リリアの家へ迎えに行った時、出迎えてくれた方だね。」
「そうです!」
リリアはくすっと笑った。
「あの時は、出迎えというより。」
「『お嬢様ーー!』って敵襲が来た勢いでしたけど。」
「それは。」
アルベールは申し訳なさそうに微笑む。
「驚かせてすまなかった。」
「あはは。」
リリアも笑う。
「本当ですよ。」
笑い合う二人。
(あれ?)
リリアはふと思う。
(なんか普通に話せてる。)
(アルベール様も、途中で黙り込んだりしない。)
(……すごく楽しい。)
その時だった。
アルベールが静かに紅茶を置く。
「……リリア。」
「はい?」
少しだけ緊張したような表情だった。
「一つ聞いてもいいか?」
「もちろんです。」
「君の家は元子爵家だ。」
「今も……求婚状は届いているのだろうか。」
「そうですね。」
リリアは苦笑する。
「毎日五十通くらいは届いています。」
アルベールの手が止まる。
「……そうか。」
小さく息を吐いた。
そして。
覚悟を決めたように、リリアを真っ直ぐ見つめる。
「リリア。」
「はい。」
「君は……。」
言葉を選ぶように一度目を閉じる。
「私のことを、どう思っている?」
「え……?」
思わず息を呑む。
「今日、こうして会いに来てくれたということは。」
アルベールは少し照れたように笑った。
「私は。」
「君のことを婚約者として考えても、いいのだろうか。」
「アルベール様……。」
リリアの胸が、大きく高鳴る。
(私が……。)
(アルベール様の婚約者……?)
その言葉だけが、何度も心の中で繰り返されていた。

