病室に静けさが戻る。
聞こえてくるのは、遠くで誰かを呼ぶ看護師の声と、規則正しく流れる空調の音だけだった。
ひまりはベッドへ腰を下ろし、枕元に置かれたスマートフォンを手に取る。
もう一度、待ち受け画面を開いた。
満開の桜の下。
笑顔の自分。
その隣には、一人の男性が立っている。
穏やかな笑みを浮かべたその人を、ひまりはしばらく見つめた。
昨日、病室で会った人。
優しく名前を呼んでくれた人。
そして、私の――。
そこまで考えたところで、胸の奥が苦しくなった。
ゆっくりと視線を左手へ落とす。
薬指には、細いプラチナの指輪。
そっと指先で触れる。
冷たい感触が、現実を静かに伝えてくる。
「……ほんとに。」
小さく息をついた。
「結婚してるんだ……。」
画面を消そうとして、指が止まる。
知らない。
何も知らない。
でも、このスマートフォンの中には、きっと今の私がいる。
見るのが怖い。
もし、本当に私がこの人と結婚していたら。
もし、幸せだったとしたら。
その七年間を、私は全部忘れてしまったことになる。
唇をきゅっと結ぶ。
恐る恐る画面を指でなぞった。
ロックは解除された。
「……え?」
思わず声が漏れる。
顔認証だった。
画面いっぱいに、色とりどりのアプリが並んでいる。
見覚えのないものもあれば、知っているものもある。
その中で、写真のアイコンが目に留まった。
開こうとして、また指が止まる。
怖い。
そこには、知らない私がいる。
知らない毎日がある。
知らない笑顔がある。
その全部を見てしまったら、十七歳の私が消えてしまうような気がした。
スマートフォンを胸に抱き寄せる。
「……ごめん。」
誰に向かって謝ったのか、自分でも分からなかった。
写真の中の私へなのか。
昨日会ったあの人へなのか。
それとも、この七年間を生きてきた自分自身へなのか。
コンコン。
不意にノックの音が響く。
ひまりは慌ててスマートフォンの画面を閉じた。
「入るよ。」
聞き慣れ始めた、あの優しい声だった。
聞こえてくるのは、遠くで誰かを呼ぶ看護師の声と、規則正しく流れる空調の音だけだった。
ひまりはベッドへ腰を下ろし、枕元に置かれたスマートフォンを手に取る。
もう一度、待ち受け画面を開いた。
満開の桜の下。
笑顔の自分。
その隣には、一人の男性が立っている。
穏やかな笑みを浮かべたその人を、ひまりはしばらく見つめた。
昨日、病室で会った人。
優しく名前を呼んでくれた人。
そして、私の――。
そこまで考えたところで、胸の奥が苦しくなった。
ゆっくりと視線を左手へ落とす。
薬指には、細いプラチナの指輪。
そっと指先で触れる。
冷たい感触が、現実を静かに伝えてくる。
「……ほんとに。」
小さく息をついた。
「結婚してるんだ……。」
画面を消そうとして、指が止まる。
知らない。
何も知らない。
でも、このスマートフォンの中には、きっと今の私がいる。
見るのが怖い。
もし、本当に私がこの人と結婚していたら。
もし、幸せだったとしたら。
その七年間を、私は全部忘れてしまったことになる。
唇をきゅっと結ぶ。
恐る恐る画面を指でなぞった。
ロックは解除された。
「……え?」
思わず声が漏れる。
顔認証だった。
画面いっぱいに、色とりどりのアプリが並んでいる。
見覚えのないものもあれば、知っているものもある。
その中で、写真のアイコンが目に留まった。
開こうとして、また指が止まる。
怖い。
そこには、知らない私がいる。
知らない毎日がある。
知らない笑顔がある。
その全部を見てしまったら、十七歳の私が消えてしまうような気がした。
スマートフォンを胸に抱き寄せる。
「……ごめん。」
誰に向かって謝ったのか、自分でも分からなかった。
写真の中の私へなのか。
昨日会ったあの人へなのか。
それとも、この七年間を生きてきた自分自身へなのか。
コンコン。
不意にノックの音が響く。
ひまりは慌ててスマートフォンの画面を閉じた。
「入るよ。」
聞き慣れ始めた、あの優しい声だった。


