「離して、離してください……っ!」
「離すわけないだろ!! 誰が邪魔だと言った、誰がお前を手放すと言った……!俺はずっとお前だけを───」
耳元で響く彼の声は、怒っているのに、泣きそうなほど必死に震えていて。
「婚約者がいるのは事実だ。だが、親同士が勝手に決めただけの、愛情の欠片もないただの政略だ……!」
「──っ」
慧さんの口から紡がれた最悪の事実に、心臓が冷たく凍りつく。
───やっぱり、あの噂は本当だったんだ。
「……でも、昨日一緒にいたじゃないですか……! 愛情の欠片もないなんて、それなら一緒にいる必要なんてない。なのに……っ」
涙で声が震えて、上手く言葉が紡げない。
愛していないなら、どうして二人きりで寄り添うように歩いていたの。
「それに、”麗華”って呼んでたじゃないですか……! ……私は、ずっと『森下』なのに……っ」
私の口から溢れ出たのは、醜い嫉妬だった。
彼女は下の名前で特別に呼ばれているのに、私はいつまで経っても、ただの部下の一人でしかない『森下』のまま。
……その扱いの差が、何よりも辛くて、自分が惨めで仕方がなかった。
「っ、」
私の言葉を聞いた瞬間、慧さんがハッと息を呑む気配がした。



