「そう言えば、怜くんがね?初めて私の名前呼んだの!」
クリスマスケーキを半分ほど平らげたところで、咲夏はふと思い出したように、冬休み前に学校の中庭であった出来事を口にした。
「へぇ、そうなんだ」
スプーンを置き、ケーキを食べ終えた冬弥は、さも気にしていないといった風に穏やかな声で相槌を打つ。
その気楽な態度に安心した咲夏は、そのままの勢いで話を続けてしまった。
「そうなの!中庭でね、実はカレカノってどこまで進んだらいーのかとか、冬弥くんが好きな下着の話とか質問してて……て、あっ」
言葉が途切れた時には、もう完全に手遅れだった。
(……あ、やばっ)
咲夏がハッと目を見開いた瞬間、世界がぐにゃりと回転した。
気がついた時には、咲夏はふかふかなベッドの上へと押し倒されており、視界の上には冬弥の部屋の天井が広がっていた。
「……っ」
咲夏の顔から、さーっと血の気が引いて真っ青になる。
「あのっ、ととと、冬弥くん?」
「ん?」
「えっとねえっとね!?誤解なの!決してそういう込み入った話を怜くんとしたわけじゃ無くって、その、ただのアドバイスというかなんというか……っ」
上から自分を組み敷いてくる冬弥を見上げながら、咲夏は涙目で必死に弁解の言葉を捲し立てた。
冬弥の顔には、いつも通りの綺麗な笑顔が浮かんでいる。
けれど、その瞳の奥は一切笑っていなかった。確実に、そして猛烈に嫉妬という名のもとに怒っているのが、肌に刺さるような空気で分かった。
冬弥は咲夏の両手首を優しく、けれど絶対に逃がさない力でベッドに固定すると、低く穏やかな声で囁いた。
「嘘はいけないな、咲夏?俺がなんで怒ってるかわからないわけ、ないよね?」
「ひゃ」
咲夏は思わず短い悲鳴を漏らす。
自分の大好きな、自由奔放に見えて誰よりも独占欲の強い恋人の『嫉妬』という地雷ボタンを、最悪な形で踏み抜いてしまったことを完全に理解した。
まさか他の男に、しかもよりにもよって親友の怜に、自分たちの進展具合や下着の相談までしていたなんて、そもそも独占欲が強い冬弥が許してくれるはずもないだろう。
パニックになる咲夏を見つめながら、冬弥はふっと、優しく目を細めて笑んだ。
「大丈夫、咲夏が嫌がるような事は絶対にしないから」
そのセリフには聞き覚えがあった。
冬休み前、中庭で怜が『あいつはお前が嫌がることは絶対しねぇから安心しろ』と言っていた、その言葉通りだった。
咲夏は少しだけホッとして、顔を赤くしながらコクンと頷いた。
「……ほんと?」
怯えるような咲夏の問いかけに、冬弥はクスリと愛おしそうに笑う。
...そして、その綺麗な顔を咲夏の耳元へと寄せると、まるで全てを狂わせる爽やかな悪魔のように、甘く、酷く色気のある声で囁きを落とした。
「――うん。俺と咲夏にとって、気持ち良い事しかしないよ」
「…………え?」
咲夏は一瞬、思考がフリーズした。
嫌がることはしない。けれど――それ以上の、お互いが『気持ち良いこと』なら、容赦なく、たっぷりと、引き下がるつもりはない。
その言葉の本当の意味を理解した瞬間、咲夏の全身の毛穴がキュッと引き締まるような、強烈な熱さが全身を駆け巡った。
「ちょっと、待って冬弥くんっ!?ちょっと落ち着こう?!ね、一回落ち着こう!??なんか色々と含みがあるよっ!??」
顔を耳まで真っ赤に染め上げ、手首をバタつかせて必死に制止を試みる咲夏。
だが、冬の窓から差し込む白い光を浴びて、冬弥はこれ以上ないほど甘く、意地悪に微笑んだ。
「ははっ、だーめ。
―――時間はたっぷりとあるんだから」
「―――咲夏、愛してる」
「―――っ!」
冬弥の低い笑い声が静かな部屋に響き、二人の距離はついに、完全にゼロになった。
外でパラパラと舞い散る白い雪を忘れさせるほどに、熱くて濃密なクリスマスの夜が、二人の間にゆっくりと更けていくのだった。
―――Fin.



