トントン、と小気味よいノックの音が部屋に響いた。
「咲夏? 入るよ」
ドアの向こうから聞こえた冬弥の声に、咲夏の心臓は跳ね上がるようにドキリとした。
けれど、ここで挙動不審になるわけにはいかない。
咲夏は抱え込んでいたクッションを慌てて横に置き、なるべく平然を装って声を張った。
「う、うん。どうぞっ!」
ガチャリとドアが開き、トレイを持った冬弥が入ってくる。咲夏は引きつらないように精一杯の笑顔を作った。
「はい、ココア。熱いから気をつけてね」
「あ、ありがと……!」
冬弥から温かいマグカップを受け取り、ふうふうと息を吹きかけながらゆっくりと口に運ぶ。
甘いココアの風味が広がって、少しだけ緊張が解けた気がした。――が、それも束の間のことだった。
冬弥は自分のマグカップをローテーブルに置くと、ごく自然な動作で咲夏のすぐ隣に腰を下ろした。
そして、にっこりと優しく笑いかけてくる。
「映画でも見る?」
(近い、近い、近い……っ!!)
隣から伝わってくる冬弥の体温に、咲夏の心臓は再びうるさいほどの鼓動を刻み始めた。
「う、うん! そうだね! 見よう見ようっ」
返事をする咲夏の声は、どう言い訳してもぎこちなかった。
目が泳ぎまくっているのを取り繕おうと、やたらと何度も頷いてしまう。
そんなあからさまな様子に、冬弥は少し心配そうに眉を下げて咲夏の顔を覗き込んだ。
「咲夏?なんだかさっきから様子おかしいけど……風邪でも引いた?もしかして部屋、寒いかな?」
冬弥がそう言って、壁のリモコンでエアコンの温度を上げようと手を伸ばす。
「そんなことないよ!全然!あったかいよ!それより、ほら、映画選びたいな!」
咲夏は慌てて冬弥の手を遮るようにして、テレビの画面を指差して苦笑いを浮かべた。
冬弥はまだ不思議そうな顔をしていたが、咲夏の勢いに押されて「そ?」と首を傾げるに留めた。
そうして、リモコンを操作して適当な映画を再生し、鑑賞が始まってから三十分が経過した。
画面の中の物語は進んでいくが、咲夏の内容はちっとも頭に入ってこなかった。なぜなら、冬弥が咲夏の真横にぴったりとくっついて並んでいるからだ。
肩と肩がかすかに触れ合う距離のせいで、咲夏はいつもより何倍も落ち着かない。
手の中のココアはとっくに飲み干して冷めてしまっているのに、緊張のせいで体は熱くなる一方だった。
しかも、最悪なことに、適当に選んだはずの洋画が『恋愛映画』だった。
最初は普通のストーリーだったはずなのに、画面の中の男女はいつの間にか良い雰囲気になり、ついには熱烈なラブシーンが始まってしまった。
(な、長くない……!?このラブシーン、無駄に長くない……っ!?)
静かな部屋に、映画のロマンチックな音楽と、吐息混じりのセリフだけが妙に大きく響き渡る。
冬休み前に中庭で怜に相談した内容や、さっき見た後ろのベッドの光景が、最悪のタイミングで脳裏にフラッシュバックした。
咲夏は生唾を飲み込み、画面を見つめたまま完全にカチコチに固まってしまった。
隣にいる冬弥は、この気まずすぎる画面をどんな表情で見ているのだろう。
気になって仕方がない咲夏はちらりと隣を見ると…。



