すれ違いざま、奴の口から、私だけにしか聞こえないような低い声がこぼれ落ちた。
「……は?」
心臓がドクリと跳ねた。
私は驚いて思わず足を止め、勢いよく振り返る。
けれど、怜は一度もこちらを振り返ることなく、隣を歩く男友達と笑い合いながら、そのまま廊下の向こうへと去っていっていった。
"お前はさ、ずっと真っすぐなんだから早く理解してくれるやつができたらいいな―――"
いつかあいつが言った言葉が、頭の中で鮮明にリフレインする。
あいつは全部、分かっていたんだ。私が無理をしてギャルの鎧をまとっていたことも、そして今、私の隣に最高の「理解者」がいて、私が心から笑えていることも。
全部、見抜いた上で、あいつなりの祝福をくれたんだ。
「ちょっと、那智?急に立ち止まってどうしたの?」
隣から咲夏の声が聞こえて、私はハッと我に返った。
「あ、いや……何でもない。ちょっと知り合いが通ったから」
「ふーん?そう…」
そう答える咲夏の声が、いつもよりどこか上の空だった。
不思議に思って咲夏の顔を覗き込むと、彼女の頬は、さっきまで私をからかっていた時とは明らかに違う、熱を帯びた赤色に染まっていた。
その可愛い瞳は、遠ざかっていく男子生徒たちの背中を、じっと見つめている。
「咲夏……?」
「あ、ううん!何でもない!早くジュース買いに行こ!」
咲夏は慌てて私の手を引っ張り、今度は自分が先行して歩き出した。
咲夏がじっと見つめていた、あの背中。
怜の隣で、楽しそうに笑いながら歩いていた、あの男友達の姿。
満開の向日葵のような咲夏が、あの瞬間、誰を見て、どんな想いを抱いたのか――。
それを知る事になるのは、まだ夏を超え、冬を超えた後のもっと先の話。
―――澤木 那智編、Fin.



