夏と冬が重なれば。番外編


「それから、弟さんのことですが」

「え……逞が、何か?」

「失礼ながら、緊急事態でしたので――、お母さんの携帯に残されていた学校からの履歴とメモがたまたま見えたんです。逞くん、学校のクラスメイトから酷いいじめを受けているそうですね。お姉さんが『ヤンキー』になって荒れ始めてから、周囲の目が変わり、標的にされたようですよ」

頭を殴られたような衝撃だった。

「日を跨いでも帰って来ない長女。学校で行き場を失い、いじめられている長男。その二人を、自分が稼いで支えていかなければならない。お母さんの精神と身体は、とっくに悲鳴を上げていたんですよ」

オブラートにも、風呂敷にも包まない。
あまりにもストレートで、容赦のない言葉。
目の前の医師に対して、「なんだよそれ」とキレそうになった。
怒りで視界が熱くなり、言い返してやろうと口を開きかける。

けれど、言葉は声にならなかった。

(……キレる資格なんて、今の私に、あるわけないじゃんか)

あの日、職員室で母さんにビンタされてから、私は「自分が被害者だ」と思い込んでいた。
正しさを踏みにじられた可哀想な自分。
だから周りを傷つけてもいいんだと、自分に都合のいい言い訳を作って逃げていた。

でも、本当に踏みにじっていたのは、私の方だ。
私の我が儘のせいで、逞はいじめられ、母さんは倒れた。
私のせいで、大好きな三人暮らしの家庭が、めちゃくちゃに壊れていた。

「……ありがとうございました」

蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、私は逃げるように診察室を飛び出した。
病室のベッドで、何本もの管に繋がれて眠る母さんの顔を見るのが、恐ろしかった。
廊下を走り抜け、夜の病院の外へ飛び出す。

冷たい夜風が顔を叩く。
行くあてもなく、ただ自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになりながら、私は暗闇の中を走り続けた。

頬に温かい雫が落ちてきているなんて、認めたくなかった。