「お前はさ、ずっと真っすぐなんだから、早く理解してくれるやつができたらいいな」
公園前の自販機の明かりに照らされた佐藤怜は、缶ジュースを片手に、柄にもないことを口にした。
「は?何だそれ。意味わかんない」
私はわざとらしく眉をひそめ、持っていた通学カバンを直す。
「別に。ただの独り言」
怜はいつも通り、捉えどころのない薄い笑みを浮かべて、缶を口に運んだ。
何が「理解してくれるやつ」だ。可哀想にでも見えたのだろうか。失礼なやつ。
私は特に何も気にしていないし、今の生活に何一つ不満なんてないのに。
私の家には、いわゆる「普通の父親」がいない。
私がまだ物心つくかつかないかの頃、オヤジはどこかへ蒸発した。
ギャンブルだったのか、別の女だったのか、詳しい理由は知らないし、興味もない。
現在の澤木家は、弁護士として忙しく働く母の伊都、まだ小学生でやんちゃ盛りの弟の逞、そして中学生の私の三人暮らしだ。
母が優秀な弁護士であるおかげで、我が家の経済状況はすこぶる安定している。
むしろ、大して働きもしないのに大声を張り上げていたオヤジがいた頃よりも、今の三人暮らしの方が何倍も静かで、穏やかで、楽しい。
「お姉ちゃん、これ見て! テストで百点とった!」
リビングに帰ると、逞が答案用紙をひらひらとさせて駆け寄ってきた。
「偉いじゃん。でも、名前の漢字がちょっと雑。次はもっと丁寧に書かないとな」
「う、うん……相変わらず厳しいなぁ」
逞は苦笑いしながらも、嬉しそうに答案をテーブルに置いた。
母の仕事のDNAを色濃く受け継いだのか、私はもともと、曲がったことが大嫌いな性格だ。
間違っていること、筋が通らないことを見過ごすのがどうしても我慢できない。
学校でもそうだった。
掃除をサボろうとする男子がいれば「全員の仕事だろ?サボんな」と正面から注意した。
友達の陰口で盛り上がっている女子グループがいれば「本人がいないところで言うの、格好悪いからやめたら」と冷ややかに言い放った。
正しいことを言っている。その自信はあった。
けれど、世間はそこまで白黒はっきりしていないらしい。私のキツい口調と言い方が原因なのだろう。
気づけばクラスの周りの人間は、腫れ物に触るかのように私を避けるようになっていた。
「澤木さんって、正論モンスターだよね」
廊下ですれ違いざまに聞こえたそんな囁き声にも、私は「ふん、勝手に言えば」と鼻で笑って通り過ぎるだけだった。一人でいる方が、無駄な気を遣わなくて楽だ。
そんな私を、唯一「普通」に扱い続けるのが、保育園からの腐れ縁である佐藤怜だった。
あいつの家も、うちと似たような複雑な家庭環境だった。だからこそ、孤独や周囲からの視線といったものに、妙に慣れていたのかもしれない。
学校では特にべたべたとつるむわけではない。けれど、家が近所なこともあって、時々通学路や家の前で出くわしては、他愛のない会話を交わした。
あいつだけは、私がどれだけキツい正論を言っても、「はいはい、お前は今日もブレないのな」と、のらりくらりとかわすだけで、態度を一切変えなかった。
「……何が『理解してくれるやつ』だよ。お節介」
自室のベッドに寝転び、天井を見上げる。
私は私のままでいい。
間違ったことを嫌い、真っすぐに生きる今の自分が嫌いじゃない。
けれど、怜のあの少し寂しそうな、それでいて未来を確信しているような目が、なぜか頭の片隅にこびりついて離れなかった。
私がこの「真っすぐ」を貫いた先に、怜の奴の言うような人間が本当に現れるのだろうか。
窓の外から聞こえる夜風の音を聞きながら、私は小さくため息をつき、目を閉じた。



