初夏の瑞々しい風が吹き抜ける、日曜日の昼下がり。
私立清泉学園では、事前に申請を出せば、週末の数時間を学園指定の高級商業街で過ごすことが許されていた。
「有栖川様。お待たせいたしましたわ」
寮のロビーで待っていた有栖川紬葵――伍の前に、私服に着替えた西園寺麗華(本名:奏汰)が姿を現した。
白のシフォンブラウスに、気品あるネイビーのロングスカート。
モデルのような高身長も相まって、街中の誰もが振り返るような圧倒的な美貌だ。
(う、うわああ……。私服の西園寺さん、綺麗すぎて眩しい……!)
伍は胸のシリコンパッドの位置を気にしながら、裏声で
「ごきげんよう、西園寺様。とっても素敵ですわ」
と微笑んだ。先日の朝風呂での一件以来、伍の中で麗華は
『完璧に見えて、実は胸の平らさに一人で悩み、裏で血の滲むような努力(筋トレ)をしている、愛おしい女の子』
になっていた。今日のお出かけは、そんな麗華の気分転換になればと伍が誘ったものだった
「有栖川様こそ、可憐なリボンが本当によくお似合いですわ。さあ、行きましょう?」
麗華はフッと優しく微笑むと、自然な動作で伍の腕に自分の腕を絡ませてきた。
その瞬間、柔らかいブラウス越しに、先日脱衣所で見た「あの引き締まった胸板(と伍が思っている体)」の感触が、腕にダイレクトに伝わってくる。
(ひえっ……! 触れてる、密着してる……! ダメだ、西園寺さんの秘密(平らな胸)を知ってから、余計に意識しちまって心臓に悪い……!)←めちゃ失礼
伍は顔を真っ赤にしながら、内股でぎこちなく歩き出した。
一方、麗華こと奏汰もまた、内心では凄まじい緊張感と戦っていた。
(よし……! 有栖川さんは、僕の胸が平らなことを知っても軽蔑せず、あんなに優しく慰めてくれた。
今日のデートは、日頃の感謝を込めて、僕が男として彼女を完璧にエスコートするんだ!)
お互いが「相手は可愛い女の子」「自分がエスコートしなきゃ」と思い込んでいる、すれ違い全開のウインドウショッピングが始まった。
華やかなブティックに入り、お互いの服を選び合う。
「有栖川様、こちらのパステルピンクのワンピースなど、絶対に似合われますわ」
「まぁ、可愛らしいですわね! では西園寺様には、こちらの背中が少し開いた大人っぽいドレスなど……」
「っ!? い、いえ、私は結構ですわ……! 肩周りが少し、その、ガッチリしていますので……!」
(あ、そっか。西園寺さん、筋トレの鍛えすぎ気にしてるもんな……。余計なこと言っちゃったな)
そんな風に、微笑ましくもどこかズレた会話を交わしながら、2人は楽しい時間を過ごしていた。
ハプニングが起きたのは、カフェで特製のフルーツパフェを食べ終え、帰りの寄宿舎へ向かう並木道を歩いている時だった。
「お、おい見ろよ。めちゃくちゃ可愛いお嬢様2人組じゃん」
「すみませーん、そこのお姉さんたち、これから俺たちとお茶しない?」
路地裏から、いかにも柄の悪そうな若い男2人組が、ニヤニヤと笑いながら道を塞ぐようにして現れた。
清泉学園の敷地外の商業街には、稀にこうしたナンパ目的の不届き者が紛れ込むことがある。
(ゲッ、絡まれた……!)
伍は本能的に、男としての拳が握り込まれそうになった。
女装中とはいえ中身は男子高校生だ。この程度のチンピラ、地声で一喝して殴り飛ばせば一秒で片付く。
しかし、今は「有栖川紬葵」という可憐なお嬢様を演じている最中だ。
ここでガサツな暴力を振るえば、隣にいる上品な西園寺麗華に、自分が男だと一発でバレてしまう。
(クソ、どうやって切り抜ける……!?)
伍が裏声で「あの、困りますわ……」と怯える演技をしようとした、その瞬間だった。
グイッ、と強い力で身体を引っ張られ、伍の視界が反転した。
気づけば、伍は麗華の広い背中の後ろに、すっぽりと隠されていた。
「……私たちの道を塞がないでいただけますかしら? 汚らわしい」
麗華の口から出たのは、いつもの鈴を転がすような声ではなかった。
低く、冷たく、底冷えするような――だが、お嬢様としての気品と威圧感に満ち満ちた、背筋が凍るような「重低音一歩手前」の声だった。
「あ、あぁ……?」
ナンパ男たちが、麗華の圧倒的なオーラと、お嬢様とは思えない鋭い眼光に気圧されて一歩後ずさる。
麗華(奏汰)は、後ろにいる伍を守るため、完全に『男の目付き』になっていた。
(僕の可愛い有栖川さんに、気安く触ろうとするな……。これ以上近づいたら、女装だろうが何だろうが、全員路地裏に叩き落としてやる)
麗華は伍を背中に庇ったまま、すっと長い足を一歩踏み出し、男たちを冷酷に見下ろした。
その凛々しすぎる姿は、お嬢様というよりも、完全に主君を守る「最強の若き騎士<ナイト>」そのものだった。
「ひっ……! な、なんだよこの女、目がマジじゃねえか……!」
「い、行くぞ……!」
命の危険すら感じたのか、ナンパ男たちは捨てる神のようになって足早に逃げ去っていった。
静寂が戻った並木道。麗華はフゥ、と深く息を吐くと、すぐにいつもの完璧なお嬢様の笑顔に戻り、振り返って伍の両手を心配そうに握り締めた。
「有栖川様! お怪我はありませんでしたか? 怖い思いをさせてしまって、ごめんなさいね」
「え、あ……は、はい。平気、ですわ……」
伍は赤面したまま、壊れたおもちゃのようにコクコクと頷くことしかできなかった。
(な……なんなんだよ、今の格好良さは……!)
男たちの前に毅然と立ちはだかった麗華の背中は、お嬢様にしては本当に頼もしくて、大きかった。
そして、握られた麗華の手のひらは、先日脱衣所で見た通り、コンプレックスを埋めるために血の滲むような努力をして鍛え上げた、固く力強いものだった。
(西園寺さん、俺を守るために、あんなに必死になって……。女の子なのに、あんなに男らしくて……。
クソ、男の俺が、女子にこんなに守られて、キュンキュンしてんじゃねえよ……!!)
「有栖川様? お顔が真っ赤ですけれど……やはり、熱でもありますの?」
「な、何でもありませんわ、西園寺様……!」
お互いに
「相手を完璧に守り切った」
と満足する男(奏汰)と、
「お嬢様のギャップに完全に恋に落ちかけている」
男(伍)。
2人のすれ違いデートは、伍の心臓の寿命をさらに縮める形で、幕を閉じるのだった。
私立清泉学園では、事前に申請を出せば、週末の数時間を学園指定の高級商業街で過ごすことが許されていた。
「有栖川様。お待たせいたしましたわ」
寮のロビーで待っていた有栖川紬葵――伍の前に、私服に着替えた西園寺麗華(本名:奏汰)が姿を現した。
白のシフォンブラウスに、気品あるネイビーのロングスカート。
モデルのような高身長も相まって、街中の誰もが振り返るような圧倒的な美貌だ。
(う、うわああ……。私服の西園寺さん、綺麗すぎて眩しい……!)
伍は胸のシリコンパッドの位置を気にしながら、裏声で
「ごきげんよう、西園寺様。とっても素敵ですわ」
と微笑んだ。先日の朝風呂での一件以来、伍の中で麗華は
『完璧に見えて、実は胸の平らさに一人で悩み、裏で血の滲むような努力(筋トレ)をしている、愛おしい女の子』
になっていた。今日のお出かけは、そんな麗華の気分転換になればと伍が誘ったものだった
「有栖川様こそ、可憐なリボンが本当によくお似合いですわ。さあ、行きましょう?」
麗華はフッと優しく微笑むと、自然な動作で伍の腕に自分の腕を絡ませてきた。
その瞬間、柔らかいブラウス越しに、先日脱衣所で見た「あの引き締まった胸板(と伍が思っている体)」の感触が、腕にダイレクトに伝わってくる。
(ひえっ……! 触れてる、密着してる……! ダメだ、西園寺さんの秘密(平らな胸)を知ってから、余計に意識しちまって心臓に悪い……!)←めちゃ失礼
伍は顔を真っ赤にしながら、内股でぎこちなく歩き出した。
一方、麗華こと奏汰もまた、内心では凄まじい緊張感と戦っていた。
(よし……! 有栖川さんは、僕の胸が平らなことを知っても軽蔑せず、あんなに優しく慰めてくれた。
今日のデートは、日頃の感謝を込めて、僕が男として彼女を完璧にエスコートするんだ!)
お互いが「相手は可愛い女の子」「自分がエスコートしなきゃ」と思い込んでいる、すれ違い全開のウインドウショッピングが始まった。
華やかなブティックに入り、お互いの服を選び合う。
「有栖川様、こちらのパステルピンクのワンピースなど、絶対に似合われますわ」
「まぁ、可愛らしいですわね! では西園寺様には、こちらの背中が少し開いた大人っぽいドレスなど……」
「っ!? い、いえ、私は結構ですわ……! 肩周りが少し、その、ガッチリしていますので……!」
(あ、そっか。西園寺さん、筋トレの鍛えすぎ気にしてるもんな……。余計なこと言っちゃったな)
そんな風に、微笑ましくもどこかズレた会話を交わしながら、2人は楽しい時間を過ごしていた。
ハプニングが起きたのは、カフェで特製のフルーツパフェを食べ終え、帰りの寄宿舎へ向かう並木道を歩いている時だった。
「お、おい見ろよ。めちゃくちゃ可愛いお嬢様2人組じゃん」
「すみませーん、そこのお姉さんたち、これから俺たちとお茶しない?」
路地裏から、いかにも柄の悪そうな若い男2人組が、ニヤニヤと笑いながら道を塞ぐようにして現れた。
清泉学園の敷地外の商業街には、稀にこうしたナンパ目的の不届き者が紛れ込むことがある。
(ゲッ、絡まれた……!)
伍は本能的に、男としての拳が握り込まれそうになった。
女装中とはいえ中身は男子高校生だ。この程度のチンピラ、地声で一喝して殴り飛ばせば一秒で片付く。
しかし、今は「有栖川紬葵」という可憐なお嬢様を演じている最中だ。
ここでガサツな暴力を振るえば、隣にいる上品な西園寺麗華に、自分が男だと一発でバレてしまう。
(クソ、どうやって切り抜ける……!?)
伍が裏声で「あの、困りますわ……」と怯える演技をしようとした、その瞬間だった。
グイッ、と強い力で身体を引っ張られ、伍の視界が反転した。
気づけば、伍は麗華の広い背中の後ろに、すっぽりと隠されていた。
「……私たちの道を塞がないでいただけますかしら? 汚らわしい」
麗華の口から出たのは、いつもの鈴を転がすような声ではなかった。
低く、冷たく、底冷えするような――だが、お嬢様としての気品と威圧感に満ち満ちた、背筋が凍るような「重低音一歩手前」の声だった。
「あ、あぁ……?」
ナンパ男たちが、麗華の圧倒的なオーラと、お嬢様とは思えない鋭い眼光に気圧されて一歩後ずさる。
麗華(奏汰)は、後ろにいる伍を守るため、完全に『男の目付き』になっていた。
(僕の可愛い有栖川さんに、気安く触ろうとするな……。これ以上近づいたら、女装だろうが何だろうが、全員路地裏に叩き落としてやる)
麗華は伍を背中に庇ったまま、すっと長い足を一歩踏み出し、男たちを冷酷に見下ろした。
その凛々しすぎる姿は、お嬢様というよりも、完全に主君を守る「最強の若き騎士<ナイト>」そのものだった。
「ひっ……! な、なんだよこの女、目がマジじゃねえか……!」
「い、行くぞ……!」
命の危険すら感じたのか、ナンパ男たちは捨てる神のようになって足早に逃げ去っていった。
静寂が戻った並木道。麗華はフゥ、と深く息を吐くと、すぐにいつもの完璧なお嬢様の笑顔に戻り、振り返って伍の両手を心配そうに握り締めた。
「有栖川様! お怪我はありませんでしたか? 怖い思いをさせてしまって、ごめんなさいね」
「え、あ……は、はい。平気、ですわ……」
伍は赤面したまま、壊れたおもちゃのようにコクコクと頷くことしかできなかった。
(な……なんなんだよ、今の格好良さは……!)
男たちの前に毅然と立ちはだかった麗華の背中は、お嬢様にしては本当に頼もしくて、大きかった。
そして、握られた麗華の手のひらは、先日脱衣所で見た通り、コンプレックスを埋めるために血の滲むような努力をして鍛え上げた、固く力強いものだった。
(西園寺さん、俺を守るために、あんなに必死になって……。女の子なのに、あんなに男らしくて……。
クソ、男の俺が、女子にこんなに守られて、キュンキュンしてんじゃねえよ……!!)
「有栖川様? お顔が真っ赤ですけれど……やはり、熱でもありますの?」
「な、何でもありませんわ、西園寺様……!」
お互いに
「相手を完璧に守り切った」
と満足する男(奏汰)と、
「お嬢様のギャップに完全に恋に落ちかけている」
男(伍)。
2人のすれ違いデートは、伍の心臓の寿命をさらに縮める形で、幕を閉じるのだった。

