恐怖の身体測定を「謎の体調不良(同時発生)」という力技でバックれてから数日。
伍の胃に平穏が訪れることはなかった。なぜなら、私立清泉学園には、授業や測定以外にもお嬢様としての品格を試される恐怖の伝統が存在するからだ。
「――紬葵様、麗華様。お初にお目にかかりますわ。ようこそ、我が『白百合サロン』へ」
伝統ある寄宿舎の1階に位置する談話室。
そこに一歩足を踏み入れた瞬間、伍はあまりの格式高さに回れ右をして逃げ出したくなった。
豪奢なシャンデリアが天井で煌めき、アンティークのテーブルには、高級磁器マイセンのティーカップが並んでいる。
迎えてくれたのは、先日の身体測定で危うく自分たちを見つけかけ、学園の最高権力者でもある3年生の生徒会長・皇院長だった。
「新入生の中でも、とりわけ洗練されたお二方とお茶ができて光栄ですわ。さあ、どうぞお掛けになって?」
(洗練……? 先週、物置に引きこもってハァハァ言ってた2人ですけど!?)
伍は内心で激しく突っ込みを入れながらも、裏声で
「恐れ入りますわ……」
と微笑み、ソファーへと腰掛けた。向かいには、相変わらず一分の隙もない完璧なドレス姿の西園寺麗華が座っている。
麗華は背筋をピンと伸ばし、まるで英国王室の絵画から飛び出してきたかのような優雅さで生徒会長と視線を交わしていた。
(す、すげえ……。西園寺さん、やっぱり本物の貴族って感じだ。それに比べて俺は……)
伍は緊張のあまり、自分がどうやって座っているかも分からなくなっていた。
事前の女装特訓で、紅茶のマナー本を3冊丸暗記してきた。しかし、本物の令嬢たちに囲まれた実践の場となると、話は別だ。
チリン、と繊細な音が響き、上級生メイドによって3段重ねのアフタヌーンティー・スタンドが運ばれてくる。
スコーン、サンドイッチ、そして色鮮やかなマカロン。
「さあ、有栖川様。よろしければ、こちらのスコーンから召し上がって?」
生徒会長の視線が、値踏みするように伍の指先に注がれる。
(ゲッ、スコーンかよ! スコーンって確か、ナイフじゃなくて手で上下半分に割るんだっけ……?
あれ、ジャムが先? クリームが先だっけ……!?)
伍の脳内は大パニックを起こした。緊張で指先が震え、上品に添えようとした左手が、テーブルの上のティーカップのソーサーにコツンと当たってしまう。
(あ、やべっ――)
ガシャリ、と不穏な音が鳴り、カップが斜めに傾いた。
熱いダージリンティーが零れ、伍の純白のスカートを汚そうとした、まさにその刹那。
「――おっと」
信じられないほど素早い動きで、麗華の手が伸びてきた。
麗華は伍のカップを空中でガシッとキャッチすると、驚異的な反射神経で元の位置へと静かに戻した。
その間、わずか1秒。零れた紅茶は、麗華が咄嗟に広げた自分のリネンのハンカチにすべて吸い込まれていた。
「……まぁ」
生徒会長が驚きに目を丸くする。
伍もまた、麗華の人間離れした身のこなしと、カップを掴んだ時の
「おっと」
という、一瞬だけ低く掠れた男らしい呟きに心臓が跳ね上がった。
「失礼いたしました、院長様。私の手が少し触れてしまいましたわ。有栖川様、お怪我はありませんでしたか?」
麗華はすぐにいつもの鈴を転がすようなソプラノボイスに戻り、何事もなかったかのように優しく微笑んだ。
自分の失敗を、サラリと身代わりになって庇ってくれたのだ。
「え、ええ……わたくしは平気ですわ。西園寺様、ありがとうございます……」
「ふふ、お気になさらず。紬葵様の美しいドレスが汚れなくて良かったですわ」
麗華はそう言うと、伍のためにスコーンを手に取り、慣れた手つきで綺麗に二つに割ると、
クロテッドクリームとジャムを完璧な比率で乗せて、伍の小皿へと取り分けてくれた。
その一連の動作があまりにもスマートで、まるでエスコート慣れした「完璧な騎士<ナイト>」のようだった。
向かいに座る生徒会長は、麗華のその圧倒的な器の大きさと気品に、感心したように深く頷いた。
「素晴らしい身のこなしですわね、西園寺様。有栖川様への深い慈しみも感じられます。今年の1年生は、本当に退屈しませんわ」
お茶会はその後、麗華の完璧なトークフォローのおかげで、伍のボロが出ることなく無事に終了した。
夕方、サロンを辞して2人きりで寮の部屋へと戻る帰り道。
夕日に染まる並木道を歩きながら、伍は隣を歩く麗華の横顔を見上げた。
夕光を浴びる麗華はどこか中性的で、やっぱり女の子にしては少し肩幅がしっかりしているように見える。
「西園寺様……。さっきは、本当にありがとうございました。わたくし、緊張してしまって……」
本当に情けない、と俯く伍に、麗華はふっと立ち止まって振り返った。
そして、サロンで見せた完璧なお嬢様の笑顔ではなく、もっと素朴で、少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いいのですわ、紬葵様。私は、あなたとこうして一緒にいられるだけで、毎日とても楽しいのですから。
……それに、私の方が背も高いですし、あなたをお守りするのは当然のことですわ」
麗華の大きな手が、伍の頭をポンポン、と優しく叩いた。女の子に頭を撫でられているはずなのに、
その手のひらの厚みと、包み込むような温かさに、伍の心臓は今日一番の爆音を奏で始める。
(な、なんだよこれ……。お茶会を生き延びたと思ったら、今度は心臓が持たねえよ……!)
完璧で、ミステリアスで、たまに男より男前な西園寺麗華。
彼女の隣にいると、男としての理性がどんどんすり減っていくのを、伍は恐怖と共に自覚し始めていた。
____________________________________________________________
おまけ
どうも、わたくし皇凛々と申しますわ。わたくし、気になってることがありますの。
それは西園寺麗華様と有栖川紬葵様の仲ですわ。
なんであの二人距離がとても近いのに名字呼びなのかしら?※知るか
わたくし、実は隠れ腐女子&隠れ姫女子なんですの。
正直良いますとれいつむっていいですわね。おっと、つむれいでもいいですわ。
くっついてほしいなって思う会長でした^^。
作者コメント
どっちが左とか右とか決まっていません。私はリバが好きなのでリバっていう設定で行きます。
伍の胃に平穏が訪れることはなかった。なぜなら、私立清泉学園には、授業や測定以外にもお嬢様としての品格を試される恐怖の伝統が存在するからだ。
「――紬葵様、麗華様。お初にお目にかかりますわ。ようこそ、我が『白百合サロン』へ」
伝統ある寄宿舎の1階に位置する談話室。
そこに一歩足を踏み入れた瞬間、伍はあまりの格式高さに回れ右をして逃げ出したくなった。
豪奢なシャンデリアが天井で煌めき、アンティークのテーブルには、高級磁器マイセンのティーカップが並んでいる。
迎えてくれたのは、先日の身体測定で危うく自分たちを見つけかけ、学園の最高権力者でもある3年生の生徒会長・皇院長だった。
「新入生の中でも、とりわけ洗練されたお二方とお茶ができて光栄ですわ。さあ、どうぞお掛けになって?」
(洗練……? 先週、物置に引きこもってハァハァ言ってた2人ですけど!?)
伍は内心で激しく突っ込みを入れながらも、裏声で
「恐れ入りますわ……」
と微笑み、ソファーへと腰掛けた。向かいには、相変わらず一分の隙もない完璧なドレス姿の西園寺麗華が座っている。
麗華は背筋をピンと伸ばし、まるで英国王室の絵画から飛び出してきたかのような優雅さで生徒会長と視線を交わしていた。
(す、すげえ……。西園寺さん、やっぱり本物の貴族って感じだ。それに比べて俺は……)
伍は緊張のあまり、自分がどうやって座っているかも分からなくなっていた。
事前の女装特訓で、紅茶のマナー本を3冊丸暗記してきた。しかし、本物の令嬢たちに囲まれた実践の場となると、話は別だ。
チリン、と繊細な音が響き、上級生メイドによって3段重ねのアフタヌーンティー・スタンドが運ばれてくる。
スコーン、サンドイッチ、そして色鮮やかなマカロン。
「さあ、有栖川様。よろしければ、こちらのスコーンから召し上がって?」
生徒会長の視線が、値踏みするように伍の指先に注がれる。
(ゲッ、スコーンかよ! スコーンって確か、ナイフじゃなくて手で上下半分に割るんだっけ……?
あれ、ジャムが先? クリームが先だっけ……!?)
伍の脳内は大パニックを起こした。緊張で指先が震え、上品に添えようとした左手が、テーブルの上のティーカップのソーサーにコツンと当たってしまう。
(あ、やべっ――)
ガシャリ、と不穏な音が鳴り、カップが斜めに傾いた。
熱いダージリンティーが零れ、伍の純白のスカートを汚そうとした、まさにその刹那。
「――おっと」
信じられないほど素早い動きで、麗華の手が伸びてきた。
麗華は伍のカップを空中でガシッとキャッチすると、驚異的な反射神経で元の位置へと静かに戻した。
その間、わずか1秒。零れた紅茶は、麗華が咄嗟に広げた自分のリネンのハンカチにすべて吸い込まれていた。
「……まぁ」
生徒会長が驚きに目を丸くする。
伍もまた、麗華の人間離れした身のこなしと、カップを掴んだ時の
「おっと」
という、一瞬だけ低く掠れた男らしい呟きに心臓が跳ね上がった。
「失礼いたしました、院長様。私の手が少し触れてしまいましたわ。有栖川様、お怪我はありませんでしたか?」
麗華はすぐにいつもの鈴を転がすようなソプラノボイスに戻り、何事もなかったかのように優しく微笑んだ。
自分の失敗を、サラリと身代わりになって庇ってくれたのだ。
「え、ええ……わたくしは平気ですわ。西園寺様、ありがとうございます……」
「ふふ、お気になさらず。紬葵様の美しいドレスが汚れなくて良かったですわ」
麗華はそう言うと、伍のためにスコーンを手に取り、慣れた手つきで綺麗に二つに割ると、
クロテッドクリームとジャムを完璧な比率で乗せて、伍の小皿へと取り分けてくれた。
その一連の動作があまりにもスマートで、まるでエスコート慣れした「完璧な騎士<ナイト>」のようだった。
向かいに座る生徒会長は、麗華のその圧倒的な器の大きさと気品に、感心したように深く頷いた。
「素晴らしい身のこなしですわね、西園寺様。有栖川様への深い慈しみも感じられます。今年の1年生は、本当に退屈しませんわ」
お茶会はその後、麗華の完璧なトークフォローのおかげで、伍のボロが出ることなく無事に終了した。
夕方、サロンを辞して2人きりで寮の部屋へと戻る帰り道。
夕日に染まる並木道を歩きながら、伍は隣を歩く麗華の横顔を見上げた。
夕光を浴びる麗華はどこか中性的で、やっぱり女の子にしては少し肩幅がしっかりしているように見える。
「西園寺様……。さっきは、本当にありがとうございました。わたくし、緊張してしまって……」
本当に情けない、と俯く伍に、麗華はふっと立ち止まって振り返った。
そして、サロンで見せた完璧なお嬢様の笑顔ではなく、もっと素朴で、少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いいのですわ、紬葵様。私は、あなたとこうして一緒にいられるだけで、毎日とても楽しいのですから。
……それに、私の方が背も高いですし、あなたをお守りするのは当然のことですわ」
麗華の大きな手が、伍の頭をポンポン、と優しく叩いた。女の子に頭を撫でられているはずなのに、
その手のひらの厚みと、包み込むような温かさに、伍の心臓は今日一番の爆音を奏で始める。
(な、なんだよこれ……。お茶会を生き延びたと思ったら、今度は心臓が持たねえよ……!)
完璧で、ミステリアスで、たまに男より男前な西園寺麗華。
彼女の隣にいると、男としての理性がどんどんすり減っていくのを、伍は恐怖と共に自覚し始めていた。
____________________________________________________________
おまけ
どうも、わたくし皇凛々と申しますわ。わたくし、気になってることがありますの。
それは西園寺麗華様と有栖川紬葵様の仲ですわ。
なんであの二人距離がとても近いのに名字呼びなのかしら?※知るか
わたくし、実は隠れ腐女子&隠れ姫女子なんですの。
正直良いますとれいつむっていいですわね。おっと、つむれいでもいいですわ。
くっついてほしいなって思う会長でした^^。
作者コメント
どっちが左とか右とか決まっていません。私はリバが好きなのでリバっていう設定で行きます。

