身体測定の当日、清泉学園の体育館は、白い体操着に身を包んだ少女たちの熱気とざわめきに包まれていた。
そんな中、紬葵は、借りてきた猫のように小さくなって、体育館の壁際に佇んでいた。
(いよいよだ……。この後すぐに内科検診が始まる。あそこに入ったら、俺の人生は社会的に終了する……!)
体操着の上からでも、シリコンパッドの感触が気になって仕方がない。
いくら上からスポーツブラやインナーを重ね着して誤魔化していても、医師の触診や聴診器の前では無力だ。
伍が絶望の淵で自分の順番を待っていると、背後からツンツンと肩を突つかれた。
振り返ると、そこには同じく白い体操着を着た西園寺麗華が立っていた。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、体操着というシンプルな格好でありながら、まるでスポーツウェアのモデルのように抜群のスタイルが際立っている。
しかし、その完璧な美貌は、今にも幽霊でも見そうなほど強張っていた。
「……有栖川様。作戦通り、今ですわ」
麗華は周囲を警戒するように素早く視線を走らせると、伍の腕をぐっと掴んだ。
その握力は、緊張のせいかお嬢様にしては少し強すぎる気がしたが、伍はそれどころではなかった。
「は、はい……!」
2人は他の生徒や教師の目を盗み、体育館の裏手へと繋がる薄暗い非常階段の通路へと滑り込んだ。
ひんやりとした空気が肌を刺す。
ここを抜けて寄宿舎まで逃げ込めば、今日のところは
「体調不良による忌引き」
として乗り切れるはず――そう信じて、伍が安堵の息を吐きかけた、その時だった。
「あら? そこのお二方、そんなところで何をなさっているのかしら?」
通路の先から、凛とした、そしてあまりにも上品な声が響いた。
伍の心臓がドクンと跳ね上がる。廊下の向こうから歩いてきたのは、
清泉学園の頂点に君臨する高等部3年の生徒会長、皇凛々<すめらぎりり>院長だった。
生粋の本物のお嬢様であり、学園の風紀を取り締まる彼女に見つかれば、
一発で測定室へと連れ戻され、潜入そのものが破綻しかねない。
「や、やばい……! 生徒会長だ……!」
伍がパニックになりかけた瞬間、麗華が伍の肩を抱き寄せ、すぐ横にあった古びた木製のドアを迷わず押し開けた。
「有栖川様、こちらへ!」
2人は滑り込むようにして部屋の中へ入り、麗華が音を立てずに素早くドアを閉め、鍵を掛けた。
カチャリ、と静かな金属音が響くと同時に、あたりは完全な暗闇に包まれる。
そこは、普段使われていない体育館の古い備品を入れるための、畳一枚分ほどの狭い物置部屋だった。
「……誰か、そこにいらっしゃいますの?」
ドアのすぐ外で、生徒会長の足音が止まった。伍は呼吸を止め、両手で自分の口を必死に覆った。
心臓がうるさいほどに胸の内で暴れている。
男の肺活量で息を吸えば、それだけで存在がバレてしまいそうだった。
暗闇の中、すぐ目の前には麗華がいる。
あまりの狭さに、2人の身体は文字通り隙間なく密着していた。
(う、うわあああああああ……っ!?)
伍の脳内は、生徒会長への恐怖とは別のパニックで爆発しそうだった。
柔らかい体操着の布地を通して、麗華のしなやかで抜群のプロポーションが、ダイレクトに伍の身体に押し当てられている。
それだけじゃない。お嬢様特有の、シャンプーの甘い清潔な香りが、この狭い密室に充満して、伍の嗅覚を狂わせていた。
(ち、近すぎる……! 密着してる! 男の俺が、こんな完璧なお嬢様と、こんな至近距離で……!
っていうか、押し当たってる胸の感触が、なんか、その……思ったより、しっかりしてるというか、硬い……?
いや、お嬢様だし、補正下着とかコルセットとか、そういうのをガッチリ着けてるからか!?)
伍は必死に邪念を振り払おうと目を瞑ったが、暗闇の中で触覚だけが異常に研ぎ澄まされていく。
麗華の長いポニーテールの毛先が、伍の首筋をチクチクと刺激する。
そして、密着した麗華の胸元から、自分と同じくらい――いや、自分以上に、ドクドクと激しく波打つ心臓の音が聞こえてきた。
(西園寺さんも、めちゃくちゃ緊張してる……。そりゃそうだ、こんなお嬢様学校で、
身体測定からバックれて物置に隠れてるんだもんな。俺のせいで、こんな不良みたいな真似させちゃって申し訳ねえ……)
伍は申し訳なさと、女子と密着している羞恥心で、顔が沸騰しそうなほど熱くなっていた。
その時、外から
「気のせいかしら……」
という生徒会長の声が聞こえ、コツコツと足音が遠ざかっていった。
完全に気配が消えたのを見計らい、麗華が
「はぁ……」
と、驚くほど深いため息を吐きながら、伍の肩に頭を預けてきた。
「さ、西園寺様……?」
「……怖かったですわ、有栖川様。もし、あそこで見つかっていたら……私、あなたを、守れないところでした……」
暗闇の中で、麗華の声が少し震えているように聞こえた。
お嬢様なのに、どこか少年のような、必死で大切なものを守ろうとする強さがその声には宿っている。
「西園寺様、ありがとうございます……。わたくしのために、こんな無茶をしてくださって……」
伍が裏声でそう告げると、麗華は暗闇の中でフッと優しく微笑んだ気配を見せ、伍の頭を優しく撫でた。
「いいのです。私、紬葵様のためなら、どんなことだっていたしますわ。
……さぁ、会長が行ったうちに、ここを出ましょう?」
「ええ……。よろしくてよ、西園寺様」麗華が鍵を開け、ドアを少しだけ開けると、外の光が差し込んできた。
その光の中で見た麗華の横顔は、やはり息を飲むほど美しかったが、その耳たぶが、なぜか伍と同じくらい真っ赤に染まっていることに、伍は気づかなかった。
(な、何なんだよ本当に……。女の子相手に、なんでこんなに心臓が痛いんだよ……。俺、おかしくなっちまったのか……!?)
命からがら物置を脱出し、身体測定の修羅場をひとまず(無断欠席という形で)生き延びた伍だったが、自分の胸の奥で暴れ出した「お嬢様への奇妙なときめき」という、新たな大問題に頭を抱えることになるのだった。
そんな中、紬葵は、借りてきた猫のように小さくなって、体育館の壁際に佇んでいた。
(いよいよだ……。この後すぐに内科検診が始まる。あそこに入ったら、俺の人生は社会的に終了する……!)
体操着の上からでも、シリコンパッドの感触が気になって仕方がない。
いくら上からスポーツブラやインナーを重ね着して誤魔化していても、医師の触診や聴診器の前では無力だ。
伍が絶望の淵で自分の順番を待っていると、背後からツンツンと肩を突つかれた。
振り返ると、そこには同じく白い体操着を着た西園寺麗華が立っていた。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、体操着というシンプルな格好でありながら、まるでスポーツウェアのモデルのように抜群のスタイルが際立っている。
しかし、その完璧な美貌は、今にも幽霊でも見そうなほど強張っていた。
「……有栖川様。作戦通り、今ですわ」
麗華は周囲を警戒するように素早く視線を走らせると、伍の腕をぐっと掴んだ。
その握力は、緊張のせいかお嬢様にしては少し強すぎる気がしたが、伍はそれどころではなかった。
「は、はい……!」
2人は他の生徒や教師の目を盗み、体育館の裏手へと繋がる薄暗い非常階段の通路へと滑り込んだ。
ひんやりとした空気が肌を刺す。
ここを抜けて寄宿舎まで逃げ込めば、今日のところは
「体調不良による忌引き」
として乗り切れるはず――そう信じて、伍が安堵の息を吐きかけた、その時だった。
「あら? そこのお二方、そんなところで何をなさっているのかしら?」
通路の先から、凛とした、そしてあまりにも上品な声が響いた。
伍の心臓がドクンと跳ね上がる。廊下の向こうから歩いてきたのは、
清泉学園の頂点に君臨する高等部3年の生徒会長、皇凛々<すめらぎりり>院長だった。
生粋の本物のお嬢様であり、学園の風紀を取り締まる彼女に見つかれば、
一発で測定室へと連れ戻され、潜入そのものが破綻しかねない。
「や、やばい……! 生徒会長だ……!」
伍がパニックになりかけた瞬間、麗華が伍の肩を抱き寄せ、すぐ横にあった古びた木製のドアを迷わず押し開けた。
「有栖川様、こちらへ!」
2人は滑り込むようにして部屋の中へ入り、麗華が音を立てずに素早くドアを閉め、鍵を掛けた。
カチャリ、と静かな金属音が響くと同時に、あたりは完全な暗闇に包まれる。
そこは、普段使われていない体育館の古い備品を入れるための、畳一枚分ほどの狭い物置部屋だった。
「……誰か、そこにいらっしゃいますの?」
ドアのすぐ外で、生徒会長の足音が止まった。伍は呼吸を止め、両手で自分の口を必死に覆った。
心臓がうるさいほどに胸の内で暴れている。
男の肺活量で息を吸えば、それだけで存在がバレてしまいそうだった。
暗闇の中、すぐ目の前には麗華がいる。
あまりの狭さに、2人の身体は文字通り隙間なく密着していた。
(う、うわあああああああ……っ!?)
伍の脳内は、生徒会長への恐怖とは別のパニックで爆発しそうだった。
柔らかい体操着の布地を通して、麗華のしなやかで抜群のプロポーションが、ダイレクトに伍の身体に押し当てられている。
それだけじゃない。お嬢様特有の、シャンプーの甘い清潔な香りが、この狭い密室に充満して、伍の嗅覚を狂わせていた。
(ち、近すぎる……! 密着してる! 男の俺が、こんな完璧なお嬢様と、こんな至近距離で……!
っていうか、押し当たってる胸の感触が、なんか、その……思ったより、しっかりしてるというか、硬い……?
いや、お嬢様だし、補正下着とかコルセットとか、そういうのをガッチリ着けてるからか!?)
伍は必死に邪念を振り払おうと目を瞑ったが、暗闇の中で触覚だけが異常に研ぎ澄まされていく。
麗華の長いポニーテールの毛先が、伍の首筋をチクチクと刺激する。
そして、密着した麗華の胸元から、自分と同じくらい――いや、自分以上に、ドクドクと激しく波打つ心臓の音が聞こえてきた。
(西園寺さんも、めちゃくちゃ緊張してる……。そりゃそうだ、こんなお嬢様学校で、
身体測定からバックれて物置に隠れてるんだもんな。俺のせいで、こんな不良みたいな真似させちゃって申し訳ねえ……)
伍は申し訳なさと、女子と密着している羞恥心で、顔が沸騰しそうなほど熱くなっていた。
その時、外から
「気のせいかしら……」
という生徒会長の声が聞こえ、コツコツと足音が遠ざかっていった。
完全に気配が消えたのを見計らい、麗華が
「はぁ……」
と、驚くほど深いため息を吐きながら、伍の肩に頭を預けてきた。
「さ、西園寺様……?」
「……怖かったですわ、有栖川様。もし、あそこで見つかっていたら……私、あなたを、守れないところでした……」
暗闇の中で、麗華の声が少し震えているように聞こえた。
お嬢様なのに、どこか少年のような、必死で大切なものを守ろうとする強さがその声には宿っている。
「西園寺様、ありがとうございます……。わたくしのために、こんな無茶をしてくださって……」
伍が裏声でそう告げると、麗華は暗闇の中でフッと優しく微笑んだ気配を見せ、伍の頭を優しく撫でた。
「いいのです。私、紬葵様のためなら、どんなことだっていたしますわ。
……さぁ、会長が行ったうちに、ここを出ましょう?」
「ええ……。よろしくてよ、西園寺様」麗華が鍵を開け、ドアを少しだけ開けると、外の光が差し込んできた。
その光の中で見た麗華の横顔は、やはり息を飲むほど美しかったが、その耳たぶが、なぜか伍と同じくらい真っ赤に染まっていることに、伍は気づかなかった。
(な、何なんだよ本当に……。女の子相手に、なんでこんなに心臓が痛いんだよ……。俺、おかしくなっちまったのか……!?)
命からがら物置を脱出し、身体測定の修羅場をひとまず(無断欠席という形で)生き延びた伍だったが、自分の胸の奥で暴れ出した「お嬢様への奇妙なときめき」という、新たな大問題に頭を抱えることになるのだった。

