清泉学園の朝は、小鳥のさえずりと共に優雅に始まる。
……はずだった。
「――というわけで、来週の水曜日は『春季身体測定』を行いますわ。
新入生の皆さんは、指定の体操着に着替えて測定室へ向かうように」
担任の美しい女性教師が教壇でさらりと告げたその瞬間、1年A組の教室の片隅で、伍の頭の中に、けたたましい非常警報が鳴り響いた。
(し、身体測定……だと……!?)
伍は目の前が真っ暗になるのを感じた。女子校の身体測定。
それはつまり、身長、体重だけでなく、視力検査の合間に「胸囲の測定」や「医師による内科検診」が
セットになっている悪魔のイベントだ。
(待て待て待て! 医師の診察なんか受けたら、俺が男だって一発でバレるだろ! シリコンパッドで誤魔化せるレベルじゃねえ!!)
背中に滝のような冷や汗が流れる。どうにかして合法的にサボる方法はないか。
前日に40度の熱を出すか、いっそ階段から落ちて足を骨折するか。極端な思考が脳内をぐるぐると駆け巡る。
「……有栖川様? どうかなさいましたの? お顔が真っ青ですわよ」
隣の席から、鈴を転がすような心配そうな声が聞こえた。
伍が恐る恐る顔を向けると、そこには相変わらず息を飲むほど美しい麗華が、大きな瞳を潤ませてこちらを見つめていた。
その完璧なお嬢様の姿を見て、伍はすがるような思いで声を絞り出す。
「れ、西園寺様……。わたくし、身体測定が、その、怖くて……」
「怖くて……?」
「ええ。わたくし、人前で肌を晒すのがどうしても苦手で……。それに、その、色々と……恥ずかしい事情がありまして……」
伍としては
「男の身体を見られるわけにはいかない」
という意味だったが、裏声で恥ずかしそうに俯く姿は、いかにも
『箱入り娘のデリケートなお悩み』
にしか見えなかったはずだ。
だが、その言葉を聞いた瞬間。完璧なお嬢様であるはずの麗華の身体が、一瞬、ピクッと不自然に強張った。
「西園寺様……?」
「あ、いえ……! な、何でもありませんわ……!」
麗華は慌てて笑顔を作ったが、その額には、なぜか薄っすらと冷や汗が浮かんでいるように見えた。
「そ、そうですわよね。身体測定なんて……本当に、憂鬱なイベントですわ。誰がこんな野蛮な行事を考えついたのかしら……!」「え……?」
(野蛮!? お嬢様が使う言葉か、それ!?)
伍が驚いていると、麗華は自分の美しい顎に手を当て、どこか必死な眼差しでブツブツと呟き始めた。
「身長だって……去年より伸びていたら、その、バランスが崩れてしまいますもの。
これ以上、縦に成長するわけにはいかないのですわ……。それに、骨格、そう、骨格の問題だってありますし……!」
「れ、西園寺様……?」
「あ、ごめんなさい、取り乱してしまいましたわ」
麗華はハッと我に返ると、いつもの上品な微笑みに戻った。
だが、その手はなぜかスカートの裾をぎゅっと力任せに握りしめており、布地が悲鳴を上げそうなほどだった。
(西園寺さん……もしかして、スタイル抜群に見えるけど、実は体重とか、お嬢様としてのプロポーションをめちゃくちゃ気にしてるのか……? それとも、実は発育が良すぎるのがコンプレックスとか?)
伍は勝手に
「女の子特有のデリケートな悩み」
だと解釈し、なんだか親近感を覚えてしまった。あの完璧な麗華でも、身体測定を怖がっているのだ。
(よし……悩んでる暇はない。西園寺さんを安心させるためにも、そして俺自身の生き残りのためにも、この身体測定を切り抜ける作戦を立てなきゃ。まずは、内科検診をどう回避するかだ!)
放課後、2人きりの寮の部屋に戻った伍は、麗華がシャワーを浴びている隙に、ベッドの上で密かに作戦ノートを広げた。
『作戦1:生理だと言って見学する(※女子の周期について要勉強)』
『作戦2:前日にわざと風邪をひいて保健室登校にする』
「……ダメだ、どれも確実性に欠ける……!」
頭を抱えて唸っていると、バスルームのドアが開き、湯気を纏った麗華が出てきた。
お嬢様らしい上品なシルクのパジャマに身を包んでいるが、濡れた黒髪が首筋にかかり、いつも以上に大人っぽく、どこか中性的な色気を放っている。
「有栖川様。まだ身体測定のことを考えていらっしゃったの?」
「あ、西園寺様。ええ、どうしても不安で……」
麗華は伍のベッドの端に腰掛けると、じっと伍の手元(慌てて隠した作戦ノート)を見つめ、それから意を決したように言った。
「西園寺様。実は……私に、一つ考えがありますの」
「えっ?」
麗華は少し声を潜め、真剣な目付きで伍を見つめる。
「身体測定の当日、測定室の裏手にある非常階段は、先生方の死角になりますわ。
……もし、どうしても耐えられなくなったら、私と一緒に……あそこから『脱出』いたしませんこと?」
(だ、脱出!? お嬢様が身体測定からバックれるってことか!?)
麗華の口から出たあまりにも大胆な提案に、伍は開いた口が塞がらなかった。
お嬢様なのに、やることが妙に男前というか、過激すぎる。
「で、ですが、そんなことをしたら先生方に怒られてしまいますわ……!」
「大丈夫ですわ、有栖川様。その時は、私があなたを守ります。……絶対に、あなたに変な触診なんてさせませんから」
麗華の手が、そっと伍の肩に置かれる。その手のひらは、女の子の割に少し大きくて、頼もしいほどの熱を帯びていた。
「西園寺様……」
(な、何なんだ……。この人、めちゃくちゃお嬢様なのに、たまに少年漫画の主人公みたいな顔するな……。
っていうか、なんで俺、女子相手にこんなにドキドキしてんだよ……!?)
伍は顔が真っ赤になるのを隠すように、布団に潜り込んだ。
お互いに「自分の男の身体を守るため」に必死であることなど、夢にも思わないまま、恐怖の身体測定へ向けた二人の奇妙な共同戦線(?)が結成されようとしていた。
……はずだった。
「――というわけで、来週の水曜日は『春季身体測定』を行いますわ。
新入生の皆さんは、指定の体操着に着替えて測定室へ向かうように」
担任の美しい女性教師が教壇でさらりと告げたその瞬間、1年A組の教室の片隅で、伍の頭の中に、けたたましい非常警報が鳴り響いた。
(し、身体測定……だと……!?)
伍は目の前が真っ暗になるのを感じた。女子校の身体測定。
それはつまり、身長、体重だけでなく、視力検査の合間に「胸囲の測定」や「医師による内科検診」が
セットになっている悪魔のイベントだ。
(待て待て待て! 医師の診察なんか受けたら、俺が男だって一発でバレるだろ! シリコンパッドで誤魔化せるレベルじゃねえ!!)
背中に滝のような冷や汗が流れる。どうにかして合法的にサボる方法はないか。
前日に40度の熱を出すか、いっそ階段から落ちて足を骨折するか。極端な思考が脳内をぐるぐると駆け巡る。
「……有栖川様? どうかなさいましたの? お顔が真っ青ですわよ」
隣の席から、鈴を転がすような心配そうな声が聞こえた。
伍が恐る恐る顔を向けると、そこには相変わらず息を飲むほど美しい麗華が、大きな瞳を潤ませてこちらを見つめていた。
その完璧なお嬢様の姿を見て、伍はすがるような思いで声を絞り出す。
「れ、西園寺様……。わたくし、身体測定が、その、怖くて……」
「怖くて……?」
「ええ。わたくし、人前で肌を晒すのがどうしても苦手で……。それに、その、色々と……恥ずかしい事情がありまして……」
伍としては
「男の身体を見られるわけにはいかない」
という意味だったが、裏声で恥ずかしそうに俯く姿は、いかにも
『箱入り娘のデリケートなお悩み』
にしか見えなかったはずだ。
だが、その言葉を聞いた瞬間。完璧なお嬢様であるはずの麗華の身体が、一瞬、ピクッと不自然に強張った。
「西園寺様……?」
「あ、いえ……! な、何でもありませんわ……!」
麗華は慌てて笑顔を作ったが、その額には、なぜか薄っすらと冷や汗が浮かんでいるように見えた。
「そ、そうですわよね。身体測定なんて……本当に、憂鬱なイベントですわ。誰がこんな野蛮な行事を考えついたのかしら……!」「え……?」
(野蛮!? お嬢様が使う言葉か、それ!?)
伍が驚いていると、麗華は自分の美しい顎に手を当て、どこか必死な眼差しでブツブツと呟き始めた。
「身長だって……去年より伸びていたら、その、バランスが崩れてしまいますもの。
これ以上、縦に成長するわけにはいかないのですわ……。それに、骨格、そう、骨格の問題だってありますし……!」
「れ、西園寺様……?」
「あ、ごめんなさい、取り乱してしまいましたわ」
麗華はハッと我に返ると、いつもの上品な微笑みに戻った。
だが、その手はなぜかスカートの裾をぎゅっと力任せに握りしめており、布地が悲鳴を上げそうなほどだった。
(西園寺さん……もしかして、スタイル抜群に見えるけど、実は体重とか、お嬢様としてのプロポーションをめちゃくちゃ気にしてるのか……? それとも、実は発育が良すぎるのがコンプレックスとか?)
伍は勝手に
「女の子特有のデリケートな悩み」
だと解釈し、なんだか親近感を覚えてしまった。あの完璧な麗華でも、身体測定を怖がっているのだ。
(よし……悩んでる暇はない。西園寺さんを安心させるためにも、そして俺自身の生き残りのためにも、この身体測定を切り抜ける作戦を立てなきゃ。まずは、内科検診をどう回避するかだ!)
放課後、2人きりの寮の部屋に戻った伍は、麗華がシャワーを浴びている隙に、ベッドの上で密かに作戦ノートを広げた。
『作戦1:生理だと言って見学する(※女子の周期について要勉強)』
『作戦2:前日にわざと風邪をひいて保健室登校にする』
「……ダメだ、どれも確実性に欠ける……!」
頭を抱えて唸っていると、バスルームのドアが開き、湯気を纏った麗華が出てきた。
お嬢様らしい上品なシルクのパジャマに身を包んでいるが、濡れた黒髪が首筋にかかり、いつも以上に大人っぽく、どこか中性的な色気を放っている。
「有栖川様。まだ身体測定のことを考えていらっしゃったの?」
「あ、西園寺様。ええ、どうしても不安で……」
麗華は伍のベッドの端に腰掛けると、じっと伍の手元(慌てて隠した作戦ノート)を見つめ、それから意を決したように言った。
「西園寺様。実は……私に、一つ考えがありますの」
「えっ?」
麗華は少し声を潜め、真剣な目付きで伍を見つめる。
「身体測定の当日、測定室の裏手にある非常階段は、先生方の死角になりますわ。
……もし、どうしても耐えられなくなったら、私と一緒に……あそこから『脱出』いたしませんこと?」
(だ、脱出!? お嬢様が身体測定からバックれるってことか!?)
麗華の口から出たあまりにも大胆な提案に、伍は開いた口が塞がらなかった。
お嬢様なのに、やることが妙に男前というか、過激すぎる。
「で、ですが、そんなことをしたら先生方に怒られてしまいますわ……!」
「大丈夫ですわ、有栖川様。その時は、私があなたを守ります。……絶対に、あなたに変な触診なんてさせませんから」
麗華の手が、そっと伍の肩に置かれる。その手のひらは、女の子の割に少し大きくて、頼もしいほどの熱を帯びていた。
「西園寺様……」
(な、何なんだ……。この人、めちゃくちゃお嬢様なのに、たまに少年漫画の主人公みたいな顔するな……。
っていうか、なんで俺、女子相手にこんなにドキドキしてんだよ……!?)
伍は顔が真っ赤になるのを隠すように、布団に潜り込んだ。
お互いに「自分の男の身体を守るため」に必死であることなど、夢にも思わないまま、恐怖の身体測定へ向けた二人の奇妙な共同戦線(?)が結成されようとしていた。

