ごきげんよう、私の可憐なお嬢様

 ギチ、と心地よい重みで音を立てる、有栖川家の狭いシングルベッドの上。
伍(あつむ)と奏汰(かなた)は、お互いの胸と胸が触れ合うほどの至近距離で横たわっていた。

 エアコンの冷気が部屋を涼しくしているはずなのに、二人の周りだけは、まるで真夏の太陽がそのまま居座っているかのように熱い。

「……なぁ、奏汰。お前、マジで近すぎんだよ」

 伍は自分のTシャツの胸元をギュッと握りしめ、顔を真っ赤にしながら低い地声で抗議した。
いつもなら学園の厳しい制服や、ボリュームのあるロングスカートで隠されていた奏汰の骨格が、今、薄手の部屋着越しにダイレクトに伝わってくる。

 引き締まった男の胸板、自分より一回り大きな手のひら。
男同士だと分かってから、逆にその「体格差」が強烈に意識されて、伍の心臓はさっきから爆発寸前の爆音を刻み続けていた。

「近くていいんだよ。学園では、皇会長やみんなの目があるから、こうして伍の髪に触ることもできないしね」

 奏汰は愛おしそうに目を細めると、大きな手のひらで、伍のウィッグではない「自前の短い黒髪」を優しく、丁寧に撫で回した。
その長い指先が耳裏に触れた瞬間、伍はビクッと身体を震わせる。

「……ねえ、伍。僕はさ、今本当に幸せなんだ」

 奏汰は伍の顎を優しく上向かせ、その綺麗な切れ長の瞳で、伍のすべてを閉じ込めるように見つめた。

「西園寺家の跡継ぎ問題から逃げるために女装して、毎日息が詰まりそうだった。でも、君に出会えて、君が僕と同じ『男』だと分かって、こうして本当の名前で呼び合って、付き合えるようになった。僕の一途な気持ちを、伍が受け入れてくれたから……今の僕がいるんだ。男同士だからって、引いたりしないでいてくれて、本当にありがとう」

「かな、た……」

 お姉ちゃんが「中身はめちゃくちゃ一途で男前」と太鼓判を押した通りの、嘘偽りのない真っ直ぐな言葉。
その温かさに触れ、伍の胸の奥はキュンと激しく締め付けられた。

 女装という大きな嘘を共有し、お互いの本当の姿を認め合えたことで、二人の心の距離はこれまでの学園生活の何倍も急速に縮まっていく。伍はもう自分の恋心を誤魔化す言葉なんて見つけられなかった。

「……俺も、お前が奏汰で良かったよ。……その、大好きだ、バカ」

 伍が涙目で、消え入りそうな地声で本音を告げた瞬間、奏汰の瞳に宿る熱い感情が完全に溢れ出した。

「――っ、伍……!」

 強引に、だが壊れ物を扱うように優しく、奏汰の唇が伍の唇を塞いだ。

「ん……む、ぅ……っ」

 実家の自室、隣の部屋には姉がいるというスリル。それが二人の熱情をさらに跳ね上げる。
お互いの男の体温を確かめ合うように、何度も、何度も角度を変えて唇を重ね、衣擦れの音と甘く切ない呼吸の音だけが、狭い部屋の中に響き渡った。

 伍は奏汰の広い背中に腕を回し、その強靭な体躯に完全に身を委ねた。

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 翌朝。ピピピピ、と目覚まし時計が鳴り響く。
伍が薄気味悪いほどの幸福感の中で目を覚ますと、すぐ隣には、まだ愛おしそうに寝息を立てている奏汰の綺麗な寝顔があった。

「おーーーい、朝だよカップルども! 生きてるー!?」

バターン!と、再びドアを豪快に開けて突入してきたのは、安定の姉、紬葵だった。

「ひゃうっ!?……げほっ、じゃなくて、紬葵! ノックしろよ!」

 伍が慌てて布団を頭から被る中、紬葵は前髪の隙間から、二人の乱れたベッドの様子を鋭く見抜いた。

「うっわ、何その甘酸っぱい空気! 奏汰くん、うちのヘタレ弟をちゃんと可愛がってくれたみたいで何よりだわ〜! よーし、お姉ちゃんが朝ごはん特製で作ってあげたから、早くリビングに来なさいよ!」

 口調こそチャラチャラしているが、その表情は「本当に良かったね」と二人の恋の成就を心から喜んでいる、誰よりも一途な理解者の顔だった。
姉のアシストのおかげで、二人は実家という特別な空間で、誰にも邪魔されない本物の恋人としての絆を完璧に結ぶことができたのだ。

 お互いの本当の身体と心を愛し合い、実家でのお泊まり会を経て、その絆をより強固なものにした伍と奏汰。
清泉学園の夏休みは、二人の少年の胸の中に、もう二度と離れられない生涯の恋の炎を灯したまま、いよいよ後半戦へと向かうのだった。