夏休みが始まって数日。お嬢様学校の息が詰まるようなドレスコードから解放された伍は、実家の自室のベッドの上で、スマートフォンを見つめて完全にニヤついていた。
画面に表示されているのは、西園寺麗華こと、最愛の彼氏である奏汰からのメッセージだ。
『伍、ごきげんよう。実家に戻って退屈な親戚の集まりに付き合わされているけれど、頭の中は君のことでいっぱいだよ。今夜も君の声が聞きたいな』
「……あいつ、実家に戻っても相変わらずだな」
顔を真っ赤にしながら「俺も、早く声が聞きたい」と素直じゃない返信を打とうとした、その瞬間だった。
バターンッ!!!!
「おーーっす、伍! 元気にしてたー!? あんたの可愛いお姉ちゃんが帰ってきたよー!」
突如として、自室の木製ドアが凄まじい勢いで開け放たれ、一人の少女が乱入してきた。
伍と全く同じ顔立ち。
だが髪型は、耳上で切り揃えられたマニッシュな「黒髪ショートカット」で、前髪を大人っぽく「センター分け」にしている。
大きめのストリート系Tシャツにダボッとしたワークパンツという、チャラチャラしたボーイッシュな服装に身を包んだ少女
――それこそが、入学直前に恋人と駆け落ちして伍に身代わりを押し付けた張本人、双子の姉の有栖川紬葵だった。
「つ、紬葵……っ!? お前、なんでここに……っ! 駆け落ちして今頃ラスベガスあたりにいるんじゃなかったのかよ!」
伍は心臓が飛び出るほど驚き、ベッドから跳ね起きて地声の低いトーンで怒鳴った。
「いや〜、聞いてよ伍! あの男さ、私と駆け落ちしたくせに、現地に到着したその日に別の女にちょっかい出しやがってさ! 浮気とかマジでありえないし不誠実じゃん? だから右ストレートで速攻ブン殴って、即お別れして帰ってきたわ!私の一途な純情を返せって感じ!」
「別れて帰ってきた、だとぉ!?」
口調こそチャラチャラしているが、彼女が激怒して帰ってきた本当の理由は「相手の不誠実さが許せなかったから」だ。
根はまっすぐで一途な姉らしい理由だが、そんな彼女のせいで地獄の身代わり生活を送るハメになった伍の怒りは収まらない。
「お前のおかげで、俺がどれだけ清泉学園で死にそうな思いをしてると思ってんだ! 身体測定で下着を剥がされそうになったり、お茶会で令嬢どもに囲まれたり……毎日胃に穴が空きそうなんだよ!」
「へー、文句言いながらもちゃんとやってんじゃん。さすが私の双子の弟! ……ん? っていうかさ、あんた……なんか顔つきが変わった?」
紬葵は鋭い勘で、伍の顔を至近距離でジロジロとのぞき込んできた。
「なんか、ただ胃を痛めてるだけの人間の顔じゃないよね。妙に色気があるっていうか、潤ってるっていうか……。あんた、まさか女子校っていう環境で、誰か可愛いお嬢様とヨロシクやっちゃった感じ? ほら、私がトランクの底に仕込んでおいた『特製の盛り盛りブラ』、役立っちゃった?」
「ち、違うわ! パッドの下着は今関係ねえだろ!」
伍は動揺のあまり顔を真っ赤にして叫んだ。
だが、その激しい身振りの拍子に、ベッドの上に置いてあったスマートフォンがポロリと床に落ち、運悪く液晶画面が上を向いてしまった。
そして、最悪のタイミングで、奏汰からの新しい通知がポップアップされる。
『【麗華】昨日の初デート、すごく格好良かったよ。伍の唇、まだ熱くて、早くまたあの寝室みたいにキスしたいな』
「あ」
「あ」
一瞬、部屋の中を氷点下の静寂が支配した。
伍は文字通り凍りつき、紬葵の目が、獲物を見つけた肉食獣、あるいは獲物を前にした限界オタクのように爛々と輝きだすのを確認した。
「……ちょっと待って。伍、あんたのルームメイトって、あの西園寺財閥の超お嬢様、西園寺麗華様よね……? なんでその令嬢から『男の姿の伍』とか『寝室みたいにキスしたい』とかいう、とんでもなく不純で情熱的な文面が届いてるわけ? 詳しく説明してもらいましょうかぁ?」
「あ、いや、これは、その、文字のバグっていうか、ただの冗談で、女子同士のノリでだな……っ!」
伍は必死に言い訳を探してパニックになったが、実の姉の容赦ない関節技と尋問の前に、あえなく撃沈。
これまでの
「実は麗華も女装男子(奏汰)だったこと」
「ロッカーやプールでの超至近距離ハプニング」
「お互いに男の地声で告白して付き合い始めたこと」
を、すべて白状させられるハメになった。
「――ぶふっ……あーはははははははは!!!!! 嘘でしょ、最高すぎるんだけど、それ!!!!!(大爆笑)」
事情をすべて把握した本物の紬葵は、床を全力でバンバンと叩きながら大爆発した。
酸欠になりそうなほど笑い転げている。
「あんたたち二人とも男だったの!? お互いに『可憐なお嬢様……!』
って崇め奉りながら、正体がバレないように偽乳(パッド)を押し付け合ってドギマギしてたわけ!?
どんな神展開だよ! ギャグの神様降りてきてんじゃん!」
「笑うな! 俺たちは毎日命懸けで、死ぬほど真剣だったんだよ!」
「いや、真剣だからこそ腹筋崩壊するわ! ……でもさ」
紬葵はひとしきり笑い転げた後、涙を拭ってスッと真面目な顔になり、伍の頭をガシガシと雑に撫で回した。
「男同士って気づいた瞬間にさ、騙されてたことを怒るんじゃなくて、お互いに『それでも好きだ』
って想いをぶつけ合って付き合うとか……あんたたち、めちゃくちゃ純粋じゃん。浮気男に引っかかった私とは大違い。
ちょっと羨ましいわ」
「紬葵……」
チャラそうに見えて、誰よりも「一途な恋」の尊さを理解している姉の言葉に、伍は少しだけ救われたような気持ちになる。
「ま、男の浮気で絶望して帰ってきたけど、あんたの超弩級の純愛報告のおかげで、一気に元気出たわ。ありがと、伍」
「……お前の元気のプロテインにされた俺の身にもなれよ」
「いいじゃん! よーし、こうなったら夏休み明け、私もちょっとだけ上品な服を着て『紬葵の従姉妹』とかに変装して、学園に潜入しちゃおうかな〜! あんたたちの『ごきげんよう(♂×♂)』のピュア純愛、ナマで拝ませてよ!」
「絶対にやめろ!!! 生徒会室の会長(皇凛々様)だけで俺のメンタルはキャパオーバーなんだよ!!!
これ以上オタクを増やすな!!!」
実の姉という、見た目はクールな黒髪ショートのセンター分け、中身は一途でちょっとお節介な「理解者」が味方に加わってしまった伍。
夏休みの実家で、さらに騒がしくなった日々を過ごしながら、伍は
「夏休みが明けて学園に戻ったら、奏汰と、開花しちまったこの姉貴と、一体どうなっちまうんだ……」
と、来たる新学期に向けて、新たな胃の痛みに激しく襲われるのだった。
画面に表示されているのは、西園寺麗華こと、最愛の彼氏である奏汰からのメッセージだ。
『伍、ごきげんよう。実家に戻って退屈な親戚の集まりに付き合わされているけれど、頭の中は君のことでいっぱいだよ。今夜も君の声が聞きたいな』
「……あいつ、実家に戻っても相変わらずだな」
顔を真っ赤にしながら「俺も、早く声が聞きたい」と素直じゃない返信を打とうとした、その瞬間だった。
バターンッ!!!!
「おーーっす、伍! 元気にしてたー!? あんたの可愛いお姉ちゃんが帰ってきたよー!」
突如として、自室の木製ドアが凄まじい勢いで開け放たれ、一人の少女が乱入してきた。
伍と全く同じ顔立ち。
だが髪型は、耳上で切り揃えられたマニッシュな「黒髪ショートカット」で、前髪を大人っぽく「センター分け」にしている。
大きめのストリート系Tシャツにダボッとしたワークパンツという、チャラチャラしたボーイッシュな服装に身を包んだ少女
――それこそが、入学直前に恋人と駆け落ちして伍に身代わりを押し付けた張本人、双子の姉の有栖川紬葵だった。
「つ、紬葵……っ!? お前、なんでここに……っ! 駆け落ちして今頃ラスベガスあたりにいるんじゃなかったのかよ!」
伍は心臓が飛び出るほど驚き、ベッドから跳ね起きて地声の低いトーンで怒鳴った。
「いや〜、聞いてよ伍! あの男さ、私と駆け落ちしたくせに、現地に到着したその日に別の女にちょっかい出しやがってさ! 浮気とかマジでありえないし不誠実じゃん? だから右ストレートで速攻ブン殴って、即お別れして帰ってきたわ!私の一途な純情を返せって感じ!」
「別れて帰ってきた、だとぉ!?」
口調こそチャラチャラしているが、彼女が激怒して帰ってきた本当の理由は「相手の不誠実さが許せなかったから」だ。
根はまっすぐで一途な姉らしい理由だが、そんな彼女のせいで地獄の身代わり生活を送るハメになった伍の怒りは収まらない。
「お前のおかげで、俺がどれだけ清泉学園で死にそうな思いをしてると思ってんだ! 身体測定で下着を剥がされそうになったり、お茶会で令嬢どもに囲まれたり……毎日胃に穴が空きそうなんだよ!」
「へー、文句言いながらもちゃんとやってんじゃん。さすが私の双子の弟! ……ん? っていうかさ、あんた……なんか顔つきが変わった?」
紬葵は鋭い勘で、伍の顔を至近距離でジロジロとのぞき込んできた。
「なんか、ただ胃を痛めてるだけの人間の顔じゃないよね。妙に色気があるっていうか、潤ってるっていうか……。あんた、まさか女子校っていう環境で、誰か可愛いお嬢様とヨロシクやっちゃった感じ? ほら、私がトランクの底に仕込んでおいた『特製の盛り盛りブラ』、役立っちゃった?」
「ち、違うわ! パッドの下着は今関係ねえだろ!」
伍は動揺のあまり顔を真っ赤にして叫んだ。
だが、その激しい身振りの拍子に、ベッドの上に置いてあったスマートフォンがポロリと床に落ち、運悪く液晶画面が上を向いてしまった。
そして、最悪のタイミングで、奏汰からの新しい通知がポップアップされる。
『【麗華】昨日の初デート、すごく格好良かったよ。伍の唇、まだ熱くて、早くまたあの寝室みたいにキスしたいな』
「あ」
「あ」
一瞬、部屋の中を氷点下の静寂が支配した。
伍は文字通り凍りつき、紬葵の目が、獲物を見つけた肉食獣、あるいは獲物を前にした限界オタクのように爛々と輝きだすのを確認した。
「……ちょっと待って。伍、あんたのルームメイトって、あの西園寺財閥の超お嬢様、西園寺麗華様よね……? なんでその令嬢から『男の姿の伍』とか『寝室みたいにキスしたい』とかいう、とんでもなく不純で情熱的な文面が届いてるわけ? 詳しく説明してもらいましょうかぁ?」
「あ、いや、これは、その、文字のバグっていうか、ただの冗談で、女子同士のノリでだな……っ!」
伍は必死に言い訳を探してパニックになったが、実の姉の容赦ない関節技と尋問の前に、あえなく撃沈。
これまでの
「実は麗華も女装男子(奏汰)だったこと」
「ロッカーやプールでの超至近距離ハプニング」
「お互いに男の地声で告白して付き合い始めたこと」
を、すべて白状させられるハメになった。
「――ぶふっ……あーはははははははは!!!!! 嘘でしょ、最高すぎるんだけど、それ!!!!!(大爆笑)」
事情をすべて把握した本物の紬葵は、床を全力でバンバンと叩きながら大爆発した。
酸欠になりそうなほど笑い転げている。
「あんたたち二人とも男だったの!? お互いに『可憐なお嬢様……!』
って崇め奉りながら、正体がバレないように偽乳(パッド)を押し付け合ってドギマギしてたわけ!?
どんな神展開だよ! ギャグの神様降りてきてんじゃん!」
「笑うな! 俺たちは毎日命懸けで、死ぬほど真剣だったんだよ!」
「いや、真剣だからこそ腹筋崩壊するわ! ……でもさ」
紬葵はひとしきり笑い転げた後、涙を拭ってスッと真面目な顔になり、伍の頭をガシガシと雑に撫で回した。
「男同士って気づいた瞬間にさ、騙されてたことを怒るんじゃなくて、お互いに『それでも好きだ』
って想いをぶつけ合って付き合うとか……あんたたち、めちゃくちゃ純粋じゃん。浮気男に引っかかった私とは大違い。
ちょっと羨ましいわ」
「紬葵……」
チャラそうに見えて、誰よりも「一途な恋」の尊さを理解している姉の言葉に、伍は少しだけ救われたような気持ちになる。
「ま、男の浮気で絶望して帰ってきたけど、あんたの超弩級の純愛報告のおかげで、一気に元気出たわ。ありがと、伍」
「……お前の元気のプロテインにされた俺の身にもなれよ」
「いいじゃん! よーし、こうなったら夏休み明け、私もちょっとだけ上品な服を着て『紬葵の従姉妹』とかに変装して、学園に潜入しちゃおうかな〜! あんたたちの『ごきげんよう(♂×♂)』のピュア純愛、ナマで拝ませてよ!」
「絶対にやめろ!!! 生徒会室の会長(皇凛々様)だけで俺のメンタルはキャパオーバーなんだよ!!!
これ以上オタクを増やすな!!!」
実の姉という、見た目はクールな黒髪ショートのセンター分け、中身は一途でちょっとお節介な「理解者」が味方に加わってしまった伍。
夏休みの実家で、さらに騒がしくなった日々を過ごしながら、伍は
「夏休みが明けて学園に戻ったら、奏汰と、開花しちまったこの姉貴と、一体どうなっちまうんだ……」
と、来たる新学期に向けて、新たな胃の痛みに激しく襲われるのだった。

