告白の熱が冷めやらぬまま迎えた、終業式の翌日。
学園は夏休みの帰省期間に入り、生徒たちの移動用に数日間だけ外部の街への自由な出入りが許可されていた。
「伍、こっちだよ」
清泉学園のクラシカルな私服(お嬢様仕様)ではなく、シンプルロングコートという、完全な「男の服装」に身を包んだ西園寺奏汰が、駅前の人混みの中で手を振っていた。
ウィッグを外した彼の短髪は少し癖があり、端正な顔立ちと抜群のスタイルも相まって、街ゆく女性たちの視線を独占している。
「ま、待たせただろ……」
少し遅れて走ってきた有栖川伍もまた、キャップを被り、ラフなパーカーにスニーカーという、潜入前の一人の男子高校生の姿に戻っていた。
お互いにスカートを穿いていない、カツラも被っていない。完全に「伍」と「奏汰」として街で待ち合わせをするのは、これが人生で初めてのことだった。
「ううん、今来たところ。……それにしても、伍。やっぱりその格好、すごく格好いいし、似合ってる」
奏汰は嬉しそうに目を細めると、周囲の目を気にする様子もなく、伍の少しゴツゴツした手を恋人繋ぎでぎゅっと握り締めた。
「ひゃっ……!? お、おい、奏汰! 外でいきなり手を繋ぐなよ! 男同士だぞ!?」
伍は顔を真っ赤にして周囲を見回した。今までは「女子同士のスキンシップ」という言い訳ができたが、今の見た目はどこからどう見ても男子高校生が二人、白昼堂々と恋人繋ぎをしている状態だ。
「いいじゃないか、ここは清泉学園の外だよ。それに、僕たちは、ちゃんと付き合うって決めたんだから」
奏汰は悪戯っぽく微笑み、繋いだ手をさらに強く握り締めた。
お嬢様だった頃の「麗華」の面影はどこへやら、今の彼はどこまでも強引で、男らしい独占欲を隠そうともしない。
伍はその手のひらの心地よい硬さと温かさに、結局は振り払うことができず、俯いたまま小さく呟いた。
「……今回だけだからな」
2人はそのまま、普通の男の子同士として映画を観たり、賑やかなハンバーガーショップで昼食を食べたりして、初めての「女装なしデート」を満喫した。
注文の時に裏声を使う必要もない。お互いに低い地声で笑い合い、ポテトを突っつき合う時間は、これまでの胃が痛くなるような潜入生活の中で、最高の癒やしだった。
「――伍、あそこに寄っていこう」
夕方、奏汰が連れてきたのは、街の喧騒から少し離れた静かな高台の公園だった。
夕日が街をオレンジ色に染め上げる中、2人は並んでベンチに腰掛けた。
「楽しかったな、奏汰。なんか……夢みたいだわ。数日前まで、お前のこと本物のお嬢様だと思ってビビり散らかしてたのにな」
伍がしみじみと笑うと、奏汰は繋いだままの手を自分の膝の上に乗せ、真剣な目付きで伍を見つめた。
「夢じゃないよ。僕は、ずっと君の隣にいた西園寺麗華だし……これからは、君の恋人の西園寺奏汰だ」
奏汰の長い指先が、伍のキャップのツバを少し押し上げ、お互いの視線が至近距離で交錯する。
夕光を浴びた奏汰の瞳には、昨夜の寝室と同じ、深い愛おしさが灯っていた。
「一ヶ月間、実家に帰ったら会えなくなるけど……毎日電話するし、メッセージも送る。
僕の頭の中は、きっと伍のことだけでいっぱいになると思う」
「な……お前、そういう恥ずかしいセリフ、よくサラッと言えるな……っ」
伍は顔が爆発しそうなほど赤くなり、視線を逸らそうとした。
だが、奏汰は逃がさないように伍の顎を優しく上向かせ、静かに顔を近づけていく。
「男同士なんだから、少しは手加減してよ、伍」
「……意味が分かんねえよ、バカ」
伍が消え入りそうな地声で悪態をついた瞬間、2人の唇が、夕暮れの公園の木陰で静かに重なり合った。
昨夜のロッカーや寝室での、焦燥感に駆られたキスとは違う。
お互いが男である現実を、そして一人の恋人であることを、深く、優しく確かめ合うような、甘い、甘い初デートのキス。
スカートを穿いていなくても、完璧な裏声を出していなくても。
2人の胸の中で暴れる、本物の恋心の鼓動だけは、あの美しい清泉学園の中にいた時と、何一つ変わることはなかった。
数日後。夏休みが本格的に始まり、実家に帰省した伍のスマートフォンが小気味よく震えた。
画面に表示されたのは、『奏汰』からのメッセージ。
『伍、ごきげんよう。実家に着いたけれど、もう君の声が恋しいな。今夜、電話してもいいかしら?』
口調はお嬢様のフリをしていながら、中身は完全に「寂しがり屋の彼氏」からの熱いアプローチだった。
伍は
「バカ奏汰」
と呟きながらも、顔を真っ赤にして
『いいよ、待ってる』
と素直に返信を打ち込むのだった。
清泉学園の乙女たちは、そしてこの世界の誰もが、夏休みの裏側で始まった、この少年二人の情熱的なロマンスを、まだ何も知らない。
学園は夏休みの帰省期間に入り、生徒たちの移動用に数日間だけ外部の街への自由な出入りが許可されていた。
「伍、こっちだよ」
清泉学園のクラシカルな私服(お嬢様仕様)ではなく、シンプルロングコートという、完全な「男の服装」に身を包んだ西園寺奏汰が、駅前の人混みの中で手を振っていた。
ウィッグを外した彼の短髪は少し癖があり、端正な顔立ちと抜群のスタイルも相まって、街ゆく女性たちの視線を独占している。
「ま、待たせただろ……」
少し遅れて走ってきた有栖川伍もまた、キャップを被り、ラフなパーカーにスニーカーという、潜入前の一人の男子高校生の姿に戻っていた。
お互いにスカートを穿いていない、カツラも被っていない。完全に「伍」と「奏汰」として街で待ち合わせをするのは、これが人生で初めてのことだった。
「ううん、今来たところ。……それにしても、伍。やっぱりその格好、すごく格好いいし、似合ってる」
奏汰は嬉しそうに目を細めると、周囲の目を気にする様子もなく、伍の少しゴツゴツした手を恋人繋ぎでぎゅっと握り締めた。
「ひゃっ……!? お、おい、奏汰! 外でいきなり手を繋ぐなよ! 男同士だぞ!?」
伍は顔を真っ赤にして周囲を見回した。今までは「女子同士のスキンシップ」という言い訳ができたが、今の見た目はどこからどう見ても男子高校生が二人、白昼堂々と恋人繋ぎをしている状態だ。
「いいじゃないか、ここは清泉学園の外だよ。それに、僕たちは、ちゃんと付き合うって決めたんだから」
奏汰は悪戯っぽく微笑み、繋いだ手をさらに強く握り締めた。
お嬢様だった頃の「麗華」の面影はどこへやら、今の彼はどこまでも強引で、男らしい独占欲を隠そうともしない。
伍はその手のひらの心地よい硬さと温かさに、結局は振り払うことができず、俯いたまま小さく呟いた。
「……今回だけだからな」
2人はそのまま、普通の男の子同士として映画を観たり、賑やかなハンバーガーショップで昼食を食べたりして、初めての「女装なしデート」を満喫した。
注文の時に裏声を使う必要もない。お互いに低い地声で笑い合い、ポテトを突っつき合う時間は、これまでの胃が痛くなるような潜入生活の中で、最高の癒やしだった。
「――伍、あそこに寄っていこう」
夕方、奏汰が連れてきたのは、街の喧騒から少し離れた静かな高台の公園だった。
夕日が街をオレンジ色に染め上げる中、2人は並んでベンチに腰掛けた。
「楽しかったな、奏汰。なんか……夢みたいだわ。数日前まで、お前のこと本物のお嬢様だと思ってビビり散らかしてたのにな」
伍がしみじみと笑うと、奏汰は繋いだままの手を自分の膝の上に乗せ、真剣な目付きで伍を見つめた。
「夢じゃないよ。僕は、ずっと君の隣にいた西園寺麗華だし……これからは、君の恋人の西園寺奏汰だ」
奏汰の長い指先が、伍のキャップのツバを少し押し上げ、お互いの視線が至近距離で交錯する。
夕光を浴びた奏汰の瞳には、昨夜の寝室と同じ、深い愛おしさが灯っていた。
「一ヶ月間、実家に帰ったら会えなくなるけど……毎日電話するし、メッセージも送る。
僕の頭の中は、きっと伍のことだけでいっぱいになると思う」
「な……お前、そういう恥ずかしいセリフ、よくサラッと言えるな……っ」
伍は顔が爆発しそうなほど赤くなり、視線を逸らそうとした。
だが、奏汰は逃がさないように伍の顎を優しく上向かせ、静かに顔を近づけていく。
「男同士なんだから、少しは手加減してよ、伍」
「……意味が分かんねえよ、バカ」
伍が消え入りそうな地声で悪態をついた瞬間、2人の唇が、夕暮れの公園の木陰で静かに重なり合った。
昨夜のロッカーや寝室での、焦燥感に駆られたキスとは違う。
お互いが男である現実を、そして一人の恋人であることを、深く、優しく確かめ合うような、甘い、甘い初デートのキス。
スカートを穿いていなくても、完璧な裏声を出していなくても。
2人の胸の中で暴れる、本物の恋心の鼓動だけは、あの美しい清泉学園の中にいた時と、何一つ変わることはなかった。
数日後。夏休みが本格的に始まり、実家に帰省した伍のスマートフォンが小気味よく震えた。
画面に表示されたのは、『奏汰』からのメッセージ。
『伍、ごきげんよう。実家に着いたけれど、もう君の声が恋しいな。今夜、電話してもいいかしら?』
口調はお嬢様のフリをしていながら、中身は完全に「寂しがり屋の彼氏」からの熱いアプローチだった。
伍は
「バカ奏汰」
と呟きながらも、顔を真っ赤にして
『いいよ、待ってる』
と素直に返信を打ち込むのだった。
清泉学園の乙女たちは、そしてこの世界の誰もが、夏休みの裏側で始まった、この少年二人の情熱的なロマンスを、まだ何も知らない。

