ごきげんよう、私の可憐なお嬢様



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かる〜く登場人物紹介
有栖川紬葵<ありすがわつむぎ>   本名:有栖川伍<あつむ>
・訳ありで女子校に通う男子高校生
・結構女子と喋れない内気な性格
西園寺麗華<さいおんじれいか>
・とてもとても綺麗な御嬢様
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 入学式を終えた新入生たちが、それぞれの荷物を手に、指定された寄宿舎<ドミトリー>へと向かう。
清泉学園の寮は、白壁に赤い屋根が映える、中世ヨーロッパの古城を思わせるクラシカルで豪華な建物だった。
庭園には手入れの行き届いた薔薇が咲き誇り、すれ違う上級生たちは優雅にドレスの裾を揺らすようにして歩いている。

 しかし、有栖川紬葵――、伍にとって、この美しい城は24時間監視されるに等しい「処刑台」への入り口でしかなかった。

(個室……個室であってくれ、頼むから一人部屋にしてくれ……!)

 心の中で神に祈りながら、伍は自分の名前が書かれた「204号室」の前に立った。
息を呑み、意を決して木彫りの重厚なドアを開ける。

「あら、有栖川様。……まぁ、なんて奇遇ですの!」

 部屋の奥、陽光が差し込む窓際のベッドに荷物を置いていた少女が、パッと顔を輝かせて振り返った。
長い黒髪、完璧なプロポーション、そして気品あふれる微笑み。
入学式で伍を恐怖(とあまりの美貌)で圧倒した、あの西園寺麗華だった。

(終わった。俺の学園生活、初日にして詰んだわ……)

 伍の脳内で、ガラガラと音を立てて絶望の城が崩れていく。
よりによって、あの「ザ・お嬢様」と同室。着替え、就寝、プライベートのすべてを、この完璧な美少女の前で演じ続けなければならないのだ。
あまりのストレスに、胃に穴が空きそうな激痛が走る。

「え、ええ……! 西園寺様と同じお部屋なんて、わたくし、光栄すぎて言葉が出ませんわ……!」

 必死に引きつる広角を上げ、猛特訓したソプラノの裏声で歓喜を演じる。

「ふふ、そんなに畏まらないで? 3年間を共にするんですもの、お互いリラックスして過ごしましょう。
何か困ったことがあれば、何でも言ってね」

 麗華はクスクスと上品に笑うと、トランクから荷物を取り出し始めた。
その無防備な後ろ姿を見ながら、伍は
「とにかく、男だとバレそうなものは絶対に隠さなきゃ」
と、自分のトランクをベッドの陰に隠すようにして開けた。

(まずは着替えの整理だ。制服の下に着るボディスーツとか、予備のシリコンパッドとか、男物のボクサーパンツとか……絶対に見られるわけにはいかない……!)

 伍が冷や汗を流しながら、必死の形相で荷物をクローゼットへ押し込んでいると、背後から麗華の澄んだ声がした。

「そういえば紬葵様。私、少しお喉が渇いてしまいましたわ。
自動販売機で何か冷たいお飲み物でも買ってきてもよろしいかしら? 有栖川様は何がお好き?」
「あ、それなら、わたくしハーブティーが……」
「わかりましたわ。では、少しお留守番をお願いね」

 麗華がふわりと微笑んで部屋を出ていく。
ドアが完全に閉まった瞬間、伍はベッドの上に文字通り崩れ落ちた。

「ふぅぅぅーーーっ!! 死ぬ、マジで死ぬ!!」

 地声の低いトーンで、盛大にため息を吐き出す。だが、のんびりしている暇はない。
麗華がいない今のうちに、絶対に私物を見られないよう、クローゼットの奥深くに「秘密の道具」をしまい込まなければならないのだ。

 急いでトランクの底から、補正下着や予備のウィッグ用ネット、そして胸の形を整えるためのシリコンパッドを取り出し、両手に抱えたその時だった。

ガチャン。

「あ、有栖川様、言い忘れていましたけれど――」
「ひゃあああああ!?」

 突然ドアが開き、麗華が戻ってきた。 
伍は飛び上がり、咄嗟に両手で持っていたシリコンパッド入りのインナーを背中に隠した。
あまりの恐怖に、口から出たのはお嬢様とは程遠い、完全にトシ相応の「男の悲鳴」だった。

「……? 有栖川様、今、ずいぶんと……元気な声が出ましたわね?」

 麗華が少し首を傾げ、大きな瞳を丸くして伍を見つめている。

(やばいやばいやばい! 地声が出た! 完全に野太い男の悲鳴だった!!)

伍は全身からドッと冷や汗を吹き出しながら、顔を真っ赤にして必死に言い訳をひねり出した。

「あ、あ、あれは……! その、わたくし、虫が! 小さな虫が不意に飛んできたものですから、驚いてしまって……!
は、恥ずかしいところをお見せしましたわ……!」

 涙目でスカートの裾を握りしめる伍。
すると麗華は、フッと表情を和らげ、どこか頼もしさを感じさせる大人の笑みを浮かべた。

「まぁ、虫が。よろしければ、私が退治して差し上げますわ。……それにしても、有栖川様」

 麗華が一歩、伍に近づいてくる。
伍は背中の隠し物(男の証拠)を必死に隠しながら、じりじりと後ずさった。
壁際に追い詰められ、麗華の長い睫毛がすぐ近くに見える。お嬢様特有の、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「な、何でしょうか、西園寺様……?」

 麗華は伍の顔をじっと見つめ、それから、その華奢に見える手で、伍のベッドの横にあった重厚なマホガニー製のナイトテーブルを、片手で軽々と持ち上げて位置を直した。

「お部屋の模様替え、手伝いますわ。私、こう見えて……少し、腕力には自信がありますの。
紬葵様のような可憐な方を、虫一匹からも、重い荷物からも、お守りいたしますわね?」

ウインク混じりにそう言った麗華の姿は、お嬢様なはずなのに、なぜか王子様のように格好良かった。

(……え? 今、あのクソ重いテーブルを片手で……?)

 伍は一瞬呆然としたが、すぐに
(いやいや、お嬢様でもテニスとか乗馬で鍛えてる人は筋肉あるって言うしな! 伝統あるお家の令嬢だし、身体能力が高いだけだ!)
と必死に自分を納得させた。
それよりも、麗華の「守ってあげる」という言葉と、至近距離で見つめられたその男前な雰囲気に、男であるはずの自分がなぜか少しドキッとしてしまったことが恥ずかしくてたまらない。

「あ、ありがとうございます、西園寺様……。お言葉に甘えさせていただきますわ……」
「ええ。では、今度こそお茶を買ってきますわね。ゆっくり休んでいて?」

 今度こそ麗華が部屋を出ていき、パタンとドアが閉まる。
静寂が戻った部屋で、伍は背中に隠していたインナーをギュッと抱きしめ、真っ赤になった顔を両手で覆った。

(な、何なんだよあのお嬢様……。綺麗で、優しくて、なんかちょっと男前で……。調子狂うな……。いや、ダメだ! 惚れてる場合じゃない! 俺は男だし、あっちも女子なんだから、絶対に恋愛対象になるわけないだろ!!)

これから始まる激動の学園生活。波乱しか予感させない、男1人の同室生活が、こうして幕を開けたのだった。