ごきげんよう、私の可憐なお嬢様

「――というわけで、本日から高等部1年は『水泳の授業』を始めますわ。
皆さん、指定のスクール水着に着替えてプールへ集合しなさい」

 担任の美しい声が教室に響いた瞬間、有栖川紬葵こと伍の心臓は、これまでの学園生活で最も激しい非常警報を鳴らし響かせた。

(す……水泳の授業だとぉぉぉおおお!?)

 伍は目の前が真っ暗になった。女子校の指定水着。
それは、男子の身体のラインを容赦なく拾い上げる、伸縮性に優れた最悪のタイトウェアだ。

(待て待て待て! 今まではシリコンパッド入りの補正下着やガードルで誤魔化してきたけど、水着になったら一発でアウトだろ!
何より、水に入ったらウィッグが外れて生首が浮くぞ!?)

 冷や汗をだらだらと流しながら隣の席を見ると、西園寺麗華こと奏汰もまた、完璧なお嬢様スマイルを張り付かせたまま、額に青筋を浮かべてカチコチに凍りついていた。

お互いに中身が男(伍と奏汰)だと知った今、2人の視線が瞬時に交錯する。

(おい奏汰、どうするんだよこれ!?)
(落ち着け伍、僕だって今、心臓が止まりそうなんだ……!)

 視線だけでそんな緊迫した会話を交わしながら、2人は重い足取りで更衣室へと向かった。



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 授業開始直前、プールの裏手にある屋外の男子禁制・備品倉庫。
薄暗い空間の鍵を閉め、2人はウィッグと水着姿のまま、身を寄せ合っていた。

「……なぁ、奏汰。お前、水着の下どうしてんだよ……! 俺、生きた心地がしねえんだけど」

 伍はパニックになりながら、低い地声で奏汰に詰め寄った。
紺色のスクール水着を着た伍は、華奢に見せるために内股にしているが、肩周りや脚のラインは完全に少年だ。
水着の上からラッシュガード(長袖の紫外線対策ウェア)を羽織って必死に上半身を隠している。

 すると、同じくラッシュガードを羽織った奏汰が、ハァ……と男の深い溜め息を吐きながら、伍の肩をがっしりと掴んだ。

「伍、僕も限界だ。おっぱいパッドを水着の中に仕込んだけど、水に濡れたら重さでズレるかもしれない。何より……」

 奏汰の切れ長の瞳が、じっと伍の水着姿を見つめる。
いつもはロングスカートで隠されていた伍の生足や、水着に包まれた細い腰のライン。
それが露わになっているのを見て、奏汰の瞳に、あの夜の寝室と同じ『男の熱』が灯り始めていた。

「……伍。君、水着姿……思ったより、すごくそそるんだけど」
「なっ……何言ってんだよバカ! こんな時に盛るな! 吊り橋効果かよ!」

 伍は顔を真っ赤にして叫んだ。男同士だと分かったからこそ、奏汰の「男としての目線」がダイレクトに刺さって心臓が持たない。
衣服(というか水着)越しに触れ合う奏汰の引き締まった胸板の感触に、伍の頭はパニック寸前だ。

「とにかく、2人でラッシュガードを絶対に脱がないこと、あと水の中では極力激しく動かないこと! これで乗り切るぞ!」
「……分かった。僕が何があっても君を守るよ、伍」

 奏汰はそう言うと、不意に伍の腰を強く引き寄せ、水着姿の伍の唇に、いたずらっぽく、だけど熱いキスを一つ落とした。

「ん……むぅっ!? ん、んん……っ」
「よし、これでパワー補給完了。行こうか、僕の可愛い紬葵ちゃん」
「お前なぁ……っ!!」

伍が茹でダコのように真っ赤になって怒る中、2人は決死の覚悟で、少女たちが集まる炎天下のプールサイドへと歩き出した。
※まだ付き合っていません


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 きらめく水面、黄色い悲鳴を上げてはしゃぐ水着姿のお嬢様たち。
そのプールサイドの影から、2つの怪しい双眼鏡のレンズが、2人の水着姿をギチギチと血眼で捉えていた。

「――っひゃあああああああああああああ!!!!(脳内大絶叫)」

 パラソルの下で優雅に冷茶を飲んでいる生徒会長、皇 凛々様だった。
彼女の鼻腔からは、今にもロケットのように紅い液体が噴き出しそうになっていた。(鼻血)

「(素晴らしい……! なんて素晴らしいのかしら……! ラッシュガードという『焦らし』の防壁を纏いながらも、お互いを男として意識しすぎて、不自然なほど内股でギクシャクしているお二方……! 学校では清らかな水蓮、だけど裏では水着のままで……! ああ、神よ、私の姫女子&腐女子ソウルが、この夏の暑さで完全に蒸発してしまいそうですわ……ッ!!)」

 凛々様が尊さのあまり椅子から転げ落ちそうになっていることなど露知らず、伍と奏汰は
「絶対にバレてたまるか」
と、お互いの男の身体を守るため、そして新たな恋心の火照りを隠すために、真夏のプールへと飛び込むのだった。