生徒会室での、あの嵐のような出来事から数時間後。皇 凛々会長の「尊さの奴隷」としての権力により、お咎めなし(という名の永久監視)で解放された2人は、這うようにして寄宿舎204号室へと戻ってきた。
パタン、と重厚なドアが閉まり、完全に2人きりの空間になる。
「「…………」」
訪れたのは、これまでの13話分の学園生活の中で、最も重く、最も息苦しい静寂だった。
有栖川紬葵こと伍は、自分のベッドの上に腰掛け、頭のウィッグをむしり取るようにして外した。
いつもなら麗華が寝るまで絶対に隠し通していた、自前の短い黒髪。
それを、今は何の躊躇もなく晒している。なぜなら、目の前にいる西園寺麗華もまた、すでに長い黒髪のウィッグを外し、切れ長の目をした超絶イケメンな少年の姿に戻っていたからだ。男。
目の前にいるのは、紛れもない、自分と同じ男だった。
「……紬葵...」
沈黙を破ったのは、西園寺麗華の姿をした少年だった。
お嬢様のソプラノではない、低く、少しハスキーで、格好いい少年の地声。
「もう『紬葵』って呼ぶなよ。……俺の本当の名前は、伍<あつむ>だ。有栖川 伍」
伍は、膝の上でウィッグをぎゅっと握りしめながら、ぶっきらぼうに自分の本名を告げた。
「……あつむ」
少年は、伍の本名を噛み締めるように低く呟くと、ふっと目元を和らげた。
「良い名前だね。……僕の本当の名前は、奏汰<かなた>。西園寺 奏汰っていうんだ」
「かなた……」
伍もまた、その名前を口の中で繰り返した。お互いの本当の名前。
偽りの女子校生活の中で、絶対に誰にも明かしてはならなかった、本当の自分。
それをお互いに告げ合った瞬間、部屋を支配していた重苦しい緊張感が、すとんと温かいものへと変わっていくのが分かった。
「……マジで、男だったんだな、奏汰」
伍は、ベッドの端に座って自分の長い脚を崩している奏汰を盗み見た。
女装のドレスを脱ぎ、シルクのパジャマ姿になった奏汰は、女の子にしては高いと思っていた身長が、男の骨格として見ると恐ろしくスタイルが良く、引き締まった肩幅や喉仏が、嫌でも「一人の男」であることを主張してくる。
(男同士……。なのに俺、さっきあいつと、あんな濃厚なキスを……っ)
唇に残る、あの熱くて少し硬い感触を思い出し、伍は顔が爆発しそうなほど赤くなった。
布団をギュッと抱きしめ、地声で問いかける。
「……お前、いつからこの学校に潜入してんだよ」
「……入学式の日からだよ、伍。僕は、西園寺家の跡継ぎでさ……学園内のスパイを調査するために、女装して潜入してたんだ」
「ス、スパイ……? 規模がでけえな。
俺なんか、双子の姉ちゃんが駆け落ちしたから、実家の借金のために身代わりさせられてるだけなのに……」
伍がため息を吐くと、奏汰はフッと、いつも麗華お嬢様が見せていた笑顔よりも、ずっと素朴で格好いい、少年らしい笑みを浮かべた。
「ふふ、そんな事情だったんだな。……でも、良かった」
「何がだよ」
「だって、伍が本当は男だって分かって、僕、すごくホッとしたから」
奏汰はベッドから立ち上がると、長い足でゆっくりと伍のベッドへと近づいてきた。
その歩調、その眼差しは、もう「可憐なお嬢様・西園寺麗華」の面影はどこにもない。
伍をまっすぐに見据える、一人の男のそれだった。
(な、なんだよ……。近づいてくんな……っ!)
伍の心臓が、昼間の大雨のような暴音を立て始める。
今までは「女の子だから」と自分を納得させていたドキドキが、中身が男だと分かった今、完全に「一人の男への本気の恋心」として脳内で弾けていた。
「ま、待て、奏汰! 部屋じゃお互い『有栖川』と『西園寺』だろ! 男同士って分かったからって、そんなに近づく――」
「男同士だから、何?」
ドン、と。奏汰の大きな手が、伍の頭のすぐ横の壁に突かれた。
ベッドへの押し込みだ。至近距離で見下ろしてくる奏汰の切れ長の瞳には、あの生徒会室の暗闇で見た、男としての肉食獣のような熱が、さらに深く灯っていた。
「今まで、君が可愛い女の子だから傷つけちゃいけないって、必死に理性を抑えてたんだ。
……でも、男なら、少しは手加減しなくてもいいってことだよね、伍?」
「なっ……――っ!?」
奏汰の低い吐息が耳元にかかった瞬間、伍の全身が甘い痺れに襲われた。
衣服越しに伝わる、奏汰の鍛え上げられた強靭な胸板の感触。
それは、かつて自分が「お嬢様の補正下着」だと超解釈していた、本物の男の、硬くて熱い肉体そのものだった。
「待っ……まだキスの余韻だって残ってんのに、お前、展開が早すぎ――」
「残ってるなら、もっと上書きしよう」
奏汰の影が、伍の視界を完全に塞ぐ。
長い指先が伍の顎を優しく、だが拒めない力強さで上向かせ、2人の唇が再び重なり合った。
「ん……む、ぅ……」
昼間の生徒会室でのキスよりも、もっと深く、お互いの男の体温を確かめ合うようなキス。
伍は驚きで目を見開いたが、腰をがっしりと抱きすくめる奏汰の腕の強さと、そのあまりの心地よさに、結局は抵抗することを諦め、奏汰のパジャマの肩を男の手でぎゅっと握り返した。
静まり返った部屋の中に、衣擦れの音と、甘く切ない呼吸の音だけが小さく響く。
お互いの本当の本名――伍と奏汰を呼び合いながら、女の子たちの暮らす寄宿舎の真ん中で、2人は何度も、
何度も唇を重ね続けたのだった。
____________________________________________________________
翌朝。
キーンコーンカーンコーン、と清泉学園に朝のチャイムが響き渡る。
「ごきげんよう、麗華。今日も本当にお美しくてよ」
「ええ、ごきげんよう、紬葵。あなたこそ、可憐なリボンがとても素敵ですわ」
1年A組の教室。
完璧なお嬢様のウィッグを被り、完璧なソプラノの裏声で微笑み合う、有栖川紬葵(伍)と西園寺麗華(奏汰)。周りの生徒たちは、「今日もあのお二方は清らかな白百合のようですわね」
と、うっとりした視線を送っている。
だが、教壇の後ろから、その様子を血眼で見つめる皇 凛々会長だけは、知っていた。
(……ああ! お二方の制服の襟元、お互いに昨日とは明らかに違う『男の独占欲(ヘロモン)』が微かに香っていますわ……!
学校では清らかな百合、夜の部屋では極上のBL……!
清泉学園を舞台にしたこのオフレコ・ロマンス、私が一生の予算を投じて守り抜いて差し上げますわ……ッ!!)
お互いの正体と「本名」を知り、一線を越えてしまった男二人。清泉学園の乙女たちは、そしてこの学園の誰もが、2人の本当の姿を――朝の教室で微笑み合う彼女たちの中身が『伍』と『奏汰』であることを、まだ何も知らないのだった。
パタン、と重厚なドアが閉まり、完全に2人きりの空間になる。
「「…………」」
訪れたのは、これまでの13話分の学園生活の中で、最も重く、最も息苦しい静寂だった。
有栖川紬葵こと伍は、自分のベッドの上に腰掛け、頭のウィッグをむしり取るようにして外した。
いつもなら麗華が寝るまで絶対に隠し通していた、自前の短い黒髪。
それを、今は何の躊躇もなく晒している。なぜなら、目の前にいる西園寺麗華もまた、すでに長い黒髪のウィッグを外し、切れ長の目をした超絶イケメンな少年の姿に戻っていたからだ。男。
目の前にいるのは、紛れもない、自分と同じ男だった。
「……紬葵...」
沈黙を破ったのは、西園寺麗華の姿をした少年だった。
お嬢様のソプラノではない、低く、少しハスキーで、格好いい少年の地声。
「もう『紬葵』って呼ぶなよ。……俺の本当の名前は、伍<あつむ>だ。有栖川 伍」
伍は、膝の上でウィッグをぎゅっと握りしめながら、ぶっきらぼうに自分の本名を告げた。
「……あつむ」
少年は、伍の本名を噛み締めるように低く呟くと、ふっと目元を和らげた。
「良い名前だね。……僕の本当の名前は、奏汰<かなた>。西園寺 奏汰っていうんだ」
「かなた……」
伍もまた、その名前を口の中で繰り返した。お互いの本当の名前。
偽りの女子校生活の中で、絶対に誰にも明かしてはならなかった、本当の自分。
それをお互いに告げ合った瞬間、部屋を支配していた重苦しい緊張感が、すとんと温かいものへと変わっていくのが分かった。
「……マジで、男だったんだな、奏汰」
伍は、ベッドの端に座って自分の長い脚を崩している奏汰を盗み見た。
女装のドレスを脱ぎ、シルクのパジャマ姿になった奏汰は、女の子にしては高いと思っていた身長が、男の骨格として見ると恐ろしくスタイルが良く、引き締まった肩幅や喉仏が、嫌でも「一人の男」であることを主張してくる。
(男同士……。なのに俺、さっきあいつと、あんな濃厚なキスを……っ)
唇に残る、あの熱くて少し硬い感触を思い出し、伍は顔が爆発しそうなほど赤くなった。
布団をギュッと抱きしめ、地声で問いかける。
「……お前、いつからこの学校に潜入してんだよ」
「……入学式の日からだよ、伍。僕は、西園寺家の跡継ぎでさ……学園内のスパイを調査するために、女装して潜入してたんだ」
「ス、スパイ……? 規模がでけえな。
俺なんか、双子の姉ちゃんが駆け落ちしたから、実家の借金のために身代わりさせられてるだけなのに……」
伍がため息を吐くと、奏汰はフッと、いつも麗華お嬢様が見せていた笑顔よりも、ずっと素朴で格好いい、少年らしい笑みを浮かべた。
「ふふ、そんな事情だったんだな。……でも、良かった」
「何がだよ」
「だって、伍が本当は男だって分かって、僕、すごくホッとしたから」
奏汰はベッドから立ち上がると、長い足でゆっくりと伍のベッドへと近づいてきた。
その歩調、その眼差しは、もう「可憐なお嬢様・西園寺麗華」の面影はどこにもない。
伍をまっすぐに見据える、一人の男のそれだった。
(な、なんだよ……。近づいてくんな……っ!)
伍の心臓が、昼間の大雨のような暴音を立て始める。
今までは「女の子だから」と自分を納得させていたドキドキが、中身が男だと分かった今、完全に「一人の男への本気の恋心」として脳内で弾けていた。
「ま、待て、奏汰! 部屋じゃお互い『有栖川』と『西園寺』だろ! 男同士って分かったからって、そんなに近づく――」
「男同士だから、何?」
ドン、と。奏汰の大きな手が、伍の頭のすぐ横の壁に突かれた。
ベッドへの押し込みだ。至近距離で見下ろしてくる奏汰の切れ長の瞳には、あの生徒会室の暗闇で見た、男としての肉食獣のような熱が、さらに深く灯っていた。
「今まで、君が可愛い女の子だから傷つけちゃいけないって、必死に理性を抑えてたんだ。
……でも、男なら、少しは手加減しなくてもいいってことだよね、伍?」
「なっ……――っ!?」
奏汰の低い吐息が耳元にかかった瞬間、伍の全身が甘い痺れに襲われた。
衣服越しに伝わる、奏汰の鍛え上げられた強靭な胸板の感触。
それは、かつて自分が「お嬢様の補正下着」だと超解釈していた、本物の男の、硬くて熱い肉体そのものだった。
「待っ……まだキスの余韻だって残ってんのに、お前、展開が早すぎ――」
「残ってるなら、もっと上書きしよう」
奏汰の影が、伍の視界を完全に塞ぐ。
長い指先が伍の顎を優しく、だが拒めない力強さで上向かせ、2人の唇が再び重なり合った。
「ん……む、ぅ……」
昼間の生徒会室でのキスよりも、もっと深く、お互いの男の体温を確かめ合うようなキス。
伍は驚きで目を見開いたが、腰をがっしりと抱きすくめる奏汰の腕の強さと、そのあまりの心地よさに、結局は抵抗することを諦め、奏汰のパジャマの肩を男の手でぎゅっと握り返した。
静まり返った部屋の中に、衣擦れの音と、甘く切ない呼吸の音だけが小さく響く。
お互いの本当の本名――伍と奏汰を呼び合いながら、女の子たちの暮らす寄宿舎の真ん中で、2人は何度も、
何度も唇を重ね続けたのだった。
____________________________________________________________
翌朝。
キーンコーンカーンコーン、と清泉学園に朝のチャイムが響き渡る。
「ごきげんよう、麗華。今日も本当にお美しくてよ」
「ええ、ごきげんよう、紬葵。あなたこそ、可憐なリボンがとても素敵ですわ」
1年A組の教室。
完璧なお嬢様のウィッグを被り、完璧なソプラノの裏声で微笑み合う、有栖川紬葵(伍)と西園寺麗華(奏汰)。周りの生徒たちは、「今日もあのお二方は清らかな白百合のようですわね」
と、うっとりした視線を送っている。
だが、教壇の後ろから、その様子を血眼で見つめる皇 凛々会長だけは、知っていた。
(……ああ! お二方の制服の襟元、お互いに昨日とは明らかに違う『男の独占欲(ヘロモン)』が微かに香っていますわ……!
学校では清らかな百合、夜の部屋では極上のBL……!
清泉学園を舞台にしたこのオフレコ・ロマンス、私が一生の予算を投じて守り抜いて差し上げますわ……ッ!!)
お互いの正体と「本名」を知り、一線を越えてしまった男二人。清泉学園の乙女たちは、そしてこの学園の誰もが、2人の本当の姿を――朝の教室で微笑み合う彼女たちの中身が『伍』と『奏汰』であることを、まだ何も知らないのだった。

