ごきげんよう、私の可憐なお嬢様

「……いいえ、待つのはもう限界ですわ」

 放課後の生徒会室。皇 凛々会長は、大理石のデスクを両手で叩き、静かに、だが地獄の底から響くような声で呟いた。
すりガラスの向こうの資料準備室で、有栖川紬葵と西園寺麗華が男の声で名前を呼び合い、指を絡ませ合っていたあのあの日から、凛々様の脳内キャパシティは完全に限界を迎えていた。

「『最高品質の百合』かと思えば『最高峰のBL』。お互いが男の顔をして、それでも手が離せないというあの奇跡のすれ違い……! あそこでキスをしないなんて、公式の怠慢ですわ! 誰もやらないのなら、この私が、学園の最高権力者としてトドメを刺して差し上げますわよ……ッ!!」

凛々様は、お嬢様用の引き出しから『生徒会特権・夜間特別巡回の鍵』を取り出し、妖しく目を輝かせた。

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その日の夜、寄宿舎204号室。伍と奏汰の間に、かつてないほど気まずく、そして息が詰まるほど熱い空気が流れていた。

(西園寺さん……いや、お前、やっぱり男なんだろ……?)
(紬葵ちゃん……いや、君は、本当に僕と同じ……男なのか?)

 お互いに正体を察し、女装の下の中身(ボクサーパンツ同士)を確信していながらも、それを口にすることはできない。
なぜなら、正体を明かすことは、この清泉学園からの退学を意味するからだ。だがそれ以上に、2人を躊躇わせていたのは
「男同士なのに、あの日から相手の唇ばかりを見てしまう」
という、狂おしいほどの恋心だった。

コト、と部屋のドアの隙間から、一通の高級な封筒が滑り込んできた。

「……? 麗華、これ……」
「何かしら、紬葵。……あら、生徒会長からの『緊急の呼び出し状』ですわ」

 時計の針は夜の10時を回っている。手紙には
『学園祭の極秘資料に不備あり。今すぐ2人で生徒会室へ来られたし。来ない場合は退学』
と、凛々様らしい冷徹な筆跡で書かれていた。

「退学……っ!? い、行きましょう、麗華!」
「ええ、紬葵」

2人は大慌てでパジャマの上から上着を羽織り、夜の静まり返った校舎へと走った。

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 夜の生徒会室。月光だけが差し込む薄暗い部屋に入った瞬間、背後でカチャリ、と重々しい鍵の音が響いた。

「え……?」
伍が慌てて振り返り、ドアノブを回すが、ビクともしない。外側から完全に施錠されていた。

「ごきげんよう、愛しき迷える子羊たち」

 部屋の奥、暗闇の中から、スポットライトを浴びた皇 凛々会長が、ゆったりとソファーに腰掛けて姿を現した。
その手には、なぜか薔薇の花束が握られている。

「会、会長様……!? これは一体どういう……」
麗華がお嬢様の裏声で尋ねるが、凛々様はそれを片手で制した。

「問答は無用ですわ。西園寺様、有栖川様。……いいえ、もうその欺瞞<ぎまん>の仮面は、私の前では不要ですわよ? お二方がお互いに、どのような『熱い眼差し』を交わし、どのような『低い声』で求め合っているか、この私はすべて把握しておりますわ」

「「っ!?」」
伍と奏汰の背中に、同時に最悪の冷や汗が流れた。

(バレた……! 俺たちが『男』だって、会長に完全にバレたんだ……! 終わりだ、退学だ……!)

 絶望する2人に、凛々様は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
そして、2人の肩をそれぞれの両手でぐっと掴むと、すべてを包み込むような、聖母のような笑みを浮かべた。

「安心なさい。私は、規律の化身。ですが同時に……『尊さの奴隷』でもありますの」

「は……? 尊さ……?」
伍が呆然とする中、凛々様は2人の耳元で、悪魔の、いや、神の啓示を囁いた。

「お互いが男だとか、女だとか、そんな瑣末なことはどうでもよろしいのですわ。大切なのは、今、お二方の心がどれほど激しく求め合っているか、それだけ。……退学になりたくなければ、今ここで、お互いの『本当の想い』を唇で証明してごらんなさい。……さあ、西園寺様、有栖川様、公式の供給の時間ですわよ……ッ!!」

 グイッ、と。凛々様が、その完璧なお嬢様の腕力(※興奮による火事場の馬鹿力)で、2人の背中を思い切り前へと押し出した。

「うわっ――!?」
「おっと――!?」

 ドサリ、と2人はソファーの上へと、折り重なるようにして倒れ込んだ。
下になったのは伍(紬葵)。その上に、麗華(奏汰)が完全に覆い被さる形になる。

 月光が、2人の顔を至近距離で照らし出す。
凛々様に背中を押され、正体がバレた絶望と、それ以上の熱情が、2人の理性のリミッターを完全に破壊した。

「……なぁ、麗華。……いや、お前さ」
伍の口から出たのは、お嬢様の裏声ではなかった。諦めたような、だが腹を括った、一人の少年のぶっきらぼうで低い地声。

「……あいつにバレちまったな、紬葵。……いや、紬葵ちゃん」
奏汰もまた、完璧なお嬢様の仮面を脱ぎ捨てた。低く、酷く掠れた、色気のある本物の少年の声。

 お互いに男の声を出し、男の目で見つめ合う。もう、言い訳も誤魔化しも効かない。自分たちは男同士だ。だけど――。

「俺……お前が男だって分かっても、どうしても、嫌いになれねえんだよ……」
伍が顔を真っ赤に染め、悔しそうに視線を逸らそうとする。

その言葉を聞いた瞬間、奏汰の瞳に、激しい独占欲の炎が灯った。
「男だろうが関係ない。……僕は、君が欲しい」

 強引に、奏汰の大きな手が伍の後頭部を包み込み、引き寄せた。
「ん……――っ」

 息が止まるような、深く、熱いキスだった。
パジャマの布地越しに、本物の男の胸板同士が、強く、強く擦れ合う。お互いの唇から伝わるのは、女の子の柔らかさではない。
少し硬くて、だけど狂おしいほどに熱い、一人の少年としての体温。
男同士の、本気の、初めてのキス。
スカートを穿いていることも、ここが女子校であることも、すべてがどうでもよくなるほど、2人は貪り合うように唇を重ね続けた。

「……あ、あああ……ッ!! ああああああああああああああああああああ!!!!!!(感涙)」

 その背後では、部屋の隅に設置された特等席で、皇 凛々会長がハンカチを噛み締めながら、声にならない大絶叫を上げてのたうち回っていた。

「(これですわ……! これが私が見たかった、性別を超越した精神と肉体の結合……!
神よ、清泉学園の創設者よ、今宵、ここに真の楽園が完成いたしましたわ……!!)」

 月光が優しく降り注ぐ生徒会室。お互いが男だと知りながら、それでも狂おしく惹かれ合ってしまった2人の『本当の恋』が、オタクの神(凛々様)の力強い一押しによって、ついに燃え上がったのだった。