私立清泉学園の高等部に入学して、早くも一ヶ月。
お互いを「紬葵」「麗華」と名前で呼び合うようになった2人の距離は、寄宿舎の誰もが羨むほどに縮まっていた。
しかし、そんな甘やかな日々に、学生の本分という名の現実が容赦なく襲いかかる。
「――というわけで、来週から『第1回定期試験』を行いますわ」
担任の非情な告知に、1年A組の教室が小さくどよめく。そして、有栖川紬葵こと伍は、自分の席で文字通り白目を剥いていた。
(やべえ……。この一ヶ月、女装の維持と同室生活の緊張で、授業の内容なんか1ミリも頭に入ってねえ……!)
お嬢様学校の試験だ。赤点など取ろうものなら、保護者呼び出し(=潜入発覚の危機)や、放課後のつきっきり補習という名の地獄が待っている。絶望に震える伍の机に、コト、と上品なノートが置かれた。
「紬葵。よろしければ、今日の放課後から、私のお部屋で一緒に試験勉強をいたしませんこと?」
覗き込んできたのは、長い黒髪を揺らす西園寺麗華(本名:奏汰)だった。
彼女の成績は、学年でも常にトップクラス。まさに救いの神だった。
「麗華……! ありがとうございますわ、ぜひお願いしたくてよ……!」
伍は裏声を震わせ、涙目で麗華の手を握りしめた。
――そしてその日の夜。寄宿舎204号室。2人の学習机を並べ、小さなデスクライトの明かりの中で、秘密の勉強会が始まった。
「紬葵、ここの古典の文法は、こう解釈しますのよ」
麗華が伍のノートを覗き込むようにして、すっと横から顔を近づけてきた。
その瞬間、伍の背中に電気が走った。
(ち、近いいいいいいいい……っ!!!)
お茶会やデートを経て、麗華への「女の子としての意識」が限界突破している伍にとって、この距離はあまりにも刺激が強すぎた。麗華が動くたびに、風呂上がりのシャンプーの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
さらに、麗華の長い黒髪の毛先が、伍の露出した首筋にチクチクと触れていた。
「……紬葵? 聞いていらっしゃいますの?」
「は、ひゃいっ! 聞いてますわ、麗華!」
慌てて裏声を張り上げる伍。だが、麗華は伍のノートの数式を指差しながら、さらに距離を詰めてきた。
麗華の引き締まった(と伍が思っている)胸元が、伍の肩に触れるか触れないかの距離にある。
(ダメだ、集中できねえ……! 隣から西園寺さんの体温がめちゃくちゃ伝わってくる……。
女子の体って、なんでこんなに温かくて柔らかそうなんだよ……っ! 俺は男だろ、落ち着け、邪念を捨てろ……!)
伍は顔を真っ赤に染め、シャープペンシルを握る手をガタガタと震わせた。
―――一方その頃、麗華こと奏汰の脳内でも、全く別の不純な戦いが繰り広げられていた。
(……可愛い。近すぎる。紬葵ちゃん、耳まで真っ赤にしてノート見つめてる……!)
奏汰は、自分の完璧なお嬢様スマイルの裏で、男としての理性を必死に繋ぎ止めていた。
勉強を教えるという大義名分のもと、大好きな『紬葵ちゃん』のすぐ隣に陣取っている。
少し視線を下げれば、彼女の白くて華奢なうなじや、小さくて可憐な横顔がすぐそこにあるのだ。
(いけない、僕は完璧なお嬢様・西園寺麗華だ……。下心を出して、紬葵ちゃんを怖がらせちゃダメだ。
でも、こんなに無防備に隣にいられたら、男として抱きしめたくなっちゃうだろ……っ!)
お互いが「相手を可愛い女の子」と思い込み、自分の「男としての本能や理性」と死に物狂いで戦っているという、すれ違い密室空間。
ハプニングが起きたのは、伍が睡魔と緊張のダブルパンチで、一瞬カクッと首を揺らした時だった。
「あ……」
バランスを崩した伍の身体が、隣の麗華の方へと傾く。
麗華は咄嗟に、伍の肩を両手でガシッと受け止めた。
「危ないわ、紬葵」
気づけば、伍は麗華の腕の中に、完全に抱きすくめられる形になっていた。
デスクライトのオレンジ色の光の中、2人の顔の距離は、わずか数センチ。
息がかかるほどの至近距離で、お互いの瞳がまっすぐに絡み合う。
「――っ!?」
暗闇の物置の時よりも、もっと鮮明に、もっと生々しく。麗華の大きな瞳が、男としての熱を帯びて伍を見つめていた。
そのお嬢様らしからぬ、あまりにも強烈な『オトコの視線』に、伍の心臓は今日一番の爆音を奏でる。
(な、なんだよこれ……。西園寺さん、やっぱり、ものすごくカッコいい……。目が、女の子の目じゃないみたいだ……)
伍はあまりのトキシックな色気に気圧され、声も出せずに麗華を見つめ返した。
「……紬葵。あまり無理をしては、いけませんわ?」
麗華(奏汰)の声が、無自覚に少し低く、掠れたトーンになる。その声音に、伍は頭が完全に溶けてしまいそうだった。
「え、ええ……。ありがとう、麗華……」
消え入りそうな裏声でそう答えると、麗華はハッと我に返ったように伍を解放し、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「コ、ホン! じ、時間が遅いですわね! 今日の勉強会はここまでにいたしましょう!」
「そ、そうですわね! おやすみなさい、麗華!」
2人は逃げるようにそれぞれのベッドに飛び込み、布団を頭まで被った。
明かりが消えた部屋の中、お互いに自分の胸のドクドクという暴音を聞きながら、一睡もできない夜を過ごすのだった。
(なんなんだよあの完璧お嬢様……! 俺、本当に男なのに……女子相手に、本気で惚れちまいそうじゃねえか……!!)
※惚れてください(by作者)
自分のスカートの下がボクサーパンツであることも忘れ、完璧な「女の子の麗華」に恋をしかけている伍。
すれ違いの勉強会は、赤点回避どころか、伍の理性を完全に消し去る一歩手前まで追い詰めるのだった。
お互いを「紬葵」「麗華」と名前で呼び合うようになった2人の距離は、寄宿舎の誰もが羨むほどに縮まっていた。
しかし、そんな甘やかな日々に、学生の本分という名の現実が容赦なく襲いかかる。
「――というわけで、来週から『第1回定期試験』を行いますわ」
担任の非情な告知に、1年A組の教室が小さくどよめく。そして、有栖川紬葵こと伍は、自分の席で文字通り白目を剥いていた。
(やべえ……。この一ヶ月、女装の維持と同室生活の緊張で、授業の内容なんか1ミリも頭に入ってねえ……!)
お嬢様学校の試験だ。赤点など取ろうものなら、保護者呼び出し(=潜入発覚の危機)や、放課後のつきっきり補習という名の地獄が待っている。絶望に震える伍の机に、コト、と上品なノートが置かれた。
「紬葵。よろしければ、今日の放課後から、私のお部屋で一緒に試験勉強をいたしませんこと?」
覗き込んできたのは、長い黒髪を揺らす西園寺麗華(本名:奏汰)だった。
彼女の成績は、学年でも常にトップクラス。まさに救いの神だった。
「麗華……! ありがとうございますわ、ぜひお願いしたくてよ……!」
伍は裏声を震わせ、涙目で麗華の手を握りしめた。
――そしてその日の夜。寄宿舎204号室。2人の学習机を並べ、小さなデスクライトの明かりの中で、秘密の勉強会が始まった。
「紬葵、ここの古典の文法は、こう解釈しますのよ」
麗華が伍のノートを覗き込むようにして、すっと横から顔を近づけてきた。
その瞬間、伍の背中に電気が走った。
(ち、近いいいいいいいい……っ!!!)
お茶会やデートを経て、麗華への「女の子としての意識」が限界突破している伍にとって、この距離はあまりにも刺激が強すぎた。麗華が動くたびに、風呂上がりのシャンプーの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
さらに、麗華の長い黒髪の毛先が、伍の露出した首筋にチクチクと触れていた。
「……紬葵? 聞いていらっしゃいますの?」
「は、ひゃいっ! 聞いてますわ、麗華!」
慌てて裏声を張り上げる伍。だが、麗華は伍のノートの数式を指差しながら、さらに距離を詰めてきた。
麗華の引き締まった(と伍が思っている)胸元が、伍の肩に触れるか触れないかの距離にある。
(ダメだ、集中できねえ……! 隣から西園寺さんの体温がめちゃくちゃ伝わってくる……。
女子の体って、なんでこんなに温かくて柔らかそうなんだよ……っ! 俺は男だろ、落ち着け、邪念を捨てろ……!)
伍は顔を真っ赤に染め、シャープペンシルを握る手をガタガタと震わせた。
―――一方その頃、麗華こと奏汰の脳内でも、全く別の不純な戦いが繰り広げられていた。
(……可愛い。近すぎる。紬葵ちゃん、耳まで真っ赤にしてノート見つめてる……!)
奏汰は、自分の完璧なお嬢様スマイルの裏で、男としての理性を必死に繋ぎ止めていた。
勉強を教えるという大義名分のもと、大好きな『紬葵ちゃん』のすぐ隣に陣取っている。
少し視線を下げれば、彼女の白くて華奢なうなじや、小さくて可憐な横顔がすぐそこにあるのだ。
(いけない、僕は完璧なお嬢様・西園寺麗華だ……。下心を出して、紬葵ちゃんを怖がらせちゃダメだ。
でも、こんなに無防備に隣にいられたら、男として抱きしめたくなっちゃうだろ……っ!)
お互いが「相手を可愛い女の子」と思い込み、自分の「男としての本能や理性」と死に物狂いで戦っているという、すれ違い密室空間。
ハプニングが起きたのは、伍が睡魔と緊張のダブルパンチで、一瞬カクッと首を揺らした時だった。
「あ……」
バランスを崩した伍の身体が、隣の麗華の方へと傾く。
麗華は咄嗟に、伍の肩を両手でガシッと受け止めた。
「危ないわ、紬葵」
気づけば、伍は麗華の腕の中に、完全に抱きすくめられる形になっていた。
デスクライトのオレンジ色の光の中、2人の顔の距離は、わずか数センチ。
息がかかるほどの至近距離で、お互いの瞳がまっすぐに絡み合う。
「――っ!?」
暗闇の物置の時よりも、もっと鮮明に、もっと生々しく。麗華の大きな瞳が、男としての熱を帯びて伍を見つめていた。
そのお嬢様らしからぬ、あまりにも強烈な『オトコの視線』に、伍の心臓は今日一番の爆音を奏でる。
(な、なんだよこれ……。西園寺さん、やっぱり、ものすごくカッコいい……。目が、女の子の目じゃないみたいだ……)
伍はあまりのトキシックな色気に気圧され、声も出せずに麗華を見つめ返した。
「……紬葵。あまり無理をしては、いけませんわ?」
麗華(奏汰)の声が、無自覚に少し低く、掠れたトーンになる。その声音に、伍は頭が完全に溶けてしまいそうだった。
「え、ええ……。ありがとう、麗華……」
消え入りそうな裏声でそう答えると、麗華はハッと我に返ったように伍を解放し、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「コ、ホン! じ、時間が遅いですわね! 今日の勉強会はここまでにいたしましょう!」
「そ、そうですわね! おやすみなさい、麗華!」
2人は逃げるようにそれぞれのベッドに飛び込み、布団を頭まで被った。
明かりが消えた部屋の中、お互いに自分の胸のドクドクという暴音を聞きながら、一睡もできない夜を過ごすのだった。
(なんなんだよあの完璧お嬢様……! 俺、本当に男なのに……女子相手に、本気で惚れちまいそうじゃねえか……!!)
※惚れてください(by作者)
自分のスカートの下がボクサーパンツであることも忘れ、完璧な「女の子の麗華」に恋をしかけている伍。
すれ違いの勉強会は、赤点回避どころか、伍の理性を完全に消し去る一歩手前まで追い詰めるのだった。

