精神科医・荒品明星の人間失格論

男は、綺麗に弧を書いた笑みを浮かべて……笑っていた。
縒れた白衣に、廃れたサンダル。髪は物凄く長く、肩から流して束ねてあり、光に透けてきらきらと輝いていた。

「まずは子供を助けなきゃ。」
「あ……なた……」
「ん?」
「どうやって……此処まで……?」

小児科棟の2階には此処以外に木に面した場所はない。一体、何処から………

「地面から。木ぃ登ってひょいっとね。」

れいくんを床に下ろした男は………
何故か、医者が着る服ではなく…その辺の患者が着るような、患者衣を着ていた。

「其れに、看護師サン。出来ないんなら誰か呼ばなきゃ。不測の事態に備えるのも医療従事者の仕事だろう?」

少しだけ可笑しそうに笑った男は…憎たらしいほど美しい顔立ちをしていた。

「……じゃ、ありません……」
「どうしたの?」
「『看護師サン』じゃありません!!」

怒った調子で言うと……男は愉しそうに笑った。

「じゃあ何なの?」

私は胸ポケットにしまっていたネームプレートを出す。

「看護師の飯沼です!!飯沼兎々子!!」
「………飯沼。飯沼かぁ。」

子供たちの頭を撫でながら、男は立ち上がった。
想像以上に身長が高い。

「兎々子……兎?」
「はい、兎です!!兎々に子で兎々子です!!」
「じゃあトットちゃんだねぇ。」
「誰が黒●徹子ですか!!」
「私は看護師です!!あらゆることをたくさん!考えて医師の先生方に伝え!!患者さんの命を守るのが仕事です!!」

私は、男に近づいた。

「第一、貴方誰なんですか!?」
「嗚呼、俺?」
「はい、貴方です!!突然病室に入ってきて、よくわからない服装で!!」

男は私を見て……愉しそうに、本当に愉しそうに、くくっ、と笑った。

「は!?」

なにがそんなに愉しいのか。
男は足元の子供たちに抱っこを急かされ、先程れいくんがしんじゃううう!と鳴いていた少女を抱き上げた。

「俺は、明星。」
「……明星?」
「そうだよ。荒品明星だ。 精神科医の部長だ。」
「………は?」

そう素っ頓狂な声をあげた私に、男……もとい荒品明星は、にこっ、とまるで星でも飛びそうな勢いでウインクをかましてきた。

「はぁぁぁぁぁあ!?」

精神科の部長……つまり、この病院の、精神科において最も偉い人間と言うことだ。

「な……なな……!?」
「あははー。」

子供を下ろし……数歩下がって……窓辺で煙草に火をつけだした。

「待ってください!!小児科の病室で煙草!?」
「大丈夫だよ。今空調の風向きと空気の風向き的に、受動喫煙は少ししかない。」
「少しでもあっちゃ困るんです!!」

荒品は笑った。また。

「そんな、蝶よ花よと守っていて、この子たちは此処の外に出たとき、また誰かに守ってもらうのかい?」
「っ、其れは……親御さんが……」
「親御さん?でも、学校では?親御さんが一日中張り付いているのかい?」

確かに、と思ってしまった自分を振り払う。何が何でも、喫煙は駄目だ。

「兎に角!!早く消してください!!」
「はいはい。ねぇ、美人は怖いねぇー。」
「病室で煙草吸ってる人に言われたくないです!!」
「だって、ねぇ。 私はしっかり……『恥の多い生涯』を送ってきたから。」
「……太宰治の……人間失格…?」
「そう。博識だねぇ。トットちゃん。」
「だから誰が●柳徹子ですか!!」
「あはは。面白いねぇ、このお姉さん。」

そう言って子供たちの目線に合わせ、屈んで話始めた。
私は、少しばかり怒っていた。
私にとっての看護師は、『医者のサポートをする』ものだった。今、この男は………私の誇りを、少しばかり欠けさせた。


これが、私と……荒品明星『先生』の出会いだった。