写真部を出た帰り道。

 萌恵は用事があると言って、先に帰っていった。

 校門を出ると、夕暮れの風が頬を撫でる。

 京阪枚方市駅までの道を、一人で歩く。

 制服のポケットから、ガラケーを取り出した。

 パタン、と開く。

 待ち受けには、おばあちゃんと一緒に見た桜の写真。

 保存してあるメールを開く。

 **『ちゃんとご飯食べるんよ。』**

 短い一文。

 もう新しく届くことはない言葉。

 それでも、その文字を見るたび、おばあちゃんがそばで笑っているような気がした。

 そっと携帯を閉じる。

 **パタン。**

 その音が、少しだけ心を落ち着かせてくれる。

「佐藤さん。」

 後ろから声がした。

 振り返ると、和が立っていた。

「一人?」

「うん。」

「駅まで?」

「そう。」

「ほんなら、一緒に帰ろか。」

 私は小さく頷いた。

 二人で歩く帰り道。

 言葉は少ないのに、不思議と気まずくはない。

 商店街へ入ると、小さなレコード店から音楽が流れてきた。

 懐かしいメロディ。

 私は思わず足を止める。

「……明菜さん。」

 小さくつぶやく。

 和が驚いたように振り返った。

「え、中森明菜?」

「うん。好きなの。」

「ほんまに?」

 和は嬉しそうに笑う。

「同い年で好きって言う人、初めて会ったわ。」

「そうなの?」

「みんな最近の曲ばっかりやし。」

 二人で店先のスピーカーに耳を傾ける。

 夕暮れの商店街。

 買い物帰りの人たち。

 自転車のベル。

 少しかすれた歌声。

 どこか時間がゆっくり流れていた。

「俺も昭和の歌、よう聴くねん。」

「そうなんだ。」

「写真撮る時にな。」

 照れくさそうに笑う。

「景色に、よう合う気ぃするんよ。」

 私は静かに頷いた。

 その気持ちは少し分かる気がした。

 昭和の歌を聴くと、おばあちゃんと過ごした時間を思い出す。

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。

 その時だった。

 和の視線が私の手元へ向く。

「……それ、ガラケーなん?」

「うん。」

「珍しいな。」

 私は携帯を見つめた。

「おばあちゃんからのメールが、まだ残ってるの。」

 少しだけ間が空く。

「消したくなくて……ずっと使ってる。」

 和は何も聞かなかった。

 ただ、小さく頷く。

「……そっか。」

 その一言だけだった。

 理由も、過去も、聞こうとはしなかった。

 その優しさが、少しだけ嬉しかった。

 しばらく歩いてから、和が照れたように後頭部をかく。

「なあ。」

「なに?」

「もし嫌やなかったら。」

 一拍置いて笑う。

「連絡先、交換せえへん?」

 私は少しだけ戸惑った。

 今まで、自分から誰かと連絡を取ることなんて、ほとんどなかった。

 ガラケーを開く。

 和はスマートフォンを取り出した。

「赤外線……使われへんな。」

 その言葉がおかしくて、思わず小さく笑ってしまう。

「ふふっ。」

 和は少し目を丸くしてから笑った。

「笑うやん。」

 私は少し恥ずかしくなって目をそらした。

「……ごめん。」

「なんで謝るん。」

 和は笑ったまま首を振る。

「笑ってくれた方がええ。」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 連絡先を交換し終えると、ちょうど電車がホームへ入ってきた。

 夕焼け色の光が車窓を染める。

 並んで電車に乗り込む。

 流れていく景色を眺めながら、私は思った。

 ガラケーの中には、おばあちゃんとの思い出がある。

 そして今日、新しく一つ。

 和という名前が加わった。