昼休みが終わる頃には、少しだけ教室の空気にも慣れていた。

 窓の外では、桜の花びらが春風に乗って校庭を横切っていく。

 午後の授業は、先生の声を聞きながらノートを取るだけで精一杯だった。

 知らない教科書。

 知らない教室。

 それでも、朝ほどの緊張はなかった。

 放課後を告げるチャイムが鳴る。

 教室が一気に賑やかになった。

「千春ちゃん、一緒に帰ろ!」

 振り向くと、明るい笑顔の女の子が立っていた。

 肩までの髪を揺らしながら、にこっと笑う。

「私、藤原萌恵。朝は人が多くて、ちゃんと話せへんかったから」

「佐藤千春です」

「知ってる知ってる。千春って呼んでもいい?」

「うん⋯いいよ」

「やったぁ!」

 萌恵は楽しそうに笑った。

「敬語いらんよ。同い年なんやし」

 その笑顔につられて、私も少しだけ頬が緩む。

 二人で校門を出る。

 春の陽射しが歩道を明るく照らしていた。

「つむぎに住んでるんやろ?」

「うん」

「ほんま? じゃあ帰る方向、一緒やん!」

 萌恵は嬉しそうに歩き始める。

 駅へ向かう道には、小さなパン屋や花屋が並び、店先には色とりどりの花が咲いていた。

「このパン屋さん、美味しいねん。」

「駅前のたこ焼きもおすすめ!」

 萌恵は街を案内するように話してくれる。

 私はその横を歩きながら、小さく頷いた。

 枚方市駅へ着くと、ちょうど京阪電車がホームへ入ってきた。

 ドアが開き、二人で乗り込む。

 窓際の席に並んで座ると、電車は静かに走り始めた。

「千春、電車好き?」

「……好き、かな」

「私も。ぼーっと外見てるだけで落ち着くねん」

 二人で窓の外を見る。

 街並みがゆっくり流れていく。

 やがて枚方公園駅で降りる。

「こっち」

 萌恵に案内されるまま歩いていくと、視界がぱっと開けた。

「わあ……」

 目の前には淀川が広がっていた。

 春風が川面を揺らし、夕日が水面をきらきらと染めている。

 土手には犬の散歩をする人。

 自転車で走る人。

 ベンチに座って話す高校生。

 穏やかな時間が流れていた。

「私、この景色好きやねん」

 萌恵が空を見上げる。

「嫌なことあっても、ここ来たらちょっと元気になる」

 私は黙って川を見つめた。

 風が頬を撫でる。

 遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。

「……この景色」

 自然と言葉がこぼれる。

「嫌いじゃない」

 萌恵が嬉しそうに笑った。

「やろ?」

 二人でゆっくり歩き出す。

 夕暮れの川沿いを吹き抜ける風は、少しだけ冷たくて、どこか優しかった。

 その帰り道が、私は少しだけ好きになり始めていた。