翌朝。

 昨日の雨が嘘のように、空は青く晴れていた。

 校舎の窓から差し込む陽射しは眩しく、雨に洗われた木々の葉が風に揺れている。

「今日は暑なりそうやな。」

 萌恵が教科書で顔をあおぎながら笑った。

「昨日と全然違うね。」

 千春も窓の外を見上げる。

 昨日の小さな雨が残した湿った空気は、朝の風に少しずつ溶けていた。

     ◇

 三時間目は体育だった。

 校庭には元気な声が響き、グラウンドの隅では写真部の生徒たちが活動している。

 和もその中にいた。

 走る生徒たちへレンズを向け、ときどき場所を変えながらシャッターを切っている。

 ――カシャ。

 乾いた音が風に乗る。

「和って、ほんま写真ばっかり撮ってるよな。」

 萌恵が笑う。

「飽きないのかな。」

「好きなんやろなぁ。」

 千春は何も答えず、その姿を眺めていた。

 好きだから続けられること。

 そんなものが自分にはあるだろうか、とふと思う。

     ◇

 昼休み。

 廊下を歩いていると、掲示板の前に人だかりができていた。

「写真部の展示やって。」

 萌恵に手を引かれ、千春も足を止める。

 掲示板には季節ごとの写真が並んでいた。

 桜。

 夕焼け。

 淀川。

 電車。

 雨上がりの紫陽花。

 どれも見慣れた景色のはずなのに、写真になると少し違って見える。

「すごい……。」

 思わず小さく声が漏れた。

「やろ?」

 後ろから聞き慣れた声がする。

 振り向くと、和が立っていた。

「桜井くん。」

「展示の入れ替え手伝っててん。」

 和は少し照れくさそうに頭をかく。

「これ、全部桜井くんが撮ったの?」

「いや、半分くらい。」

 そう言いながら、一枚の写真を指差した。

 夕暮れの淀川。

 橋の向こうを京阪電車が走り抜けている。

 空は茜色に染まり、水面には光が揺れていた。

 千春はその写真から目を離せなくなる。

「この景色……。」

「好きなんよ。」

 和は写真を見つめたまま言う。

「同じ場所でも、毎日ちょっとずつ違うやん。」

「空の色も、風も、人も。」

「せやから、何回撮っても飽きひん。」

 その言葉が、千春の胸に静かに残った。

 毎日同じように見える景色にも、少しずつ違う今日がある。

 それは、人も同じなのかもしれない。

     ◇

 放課後。

 千春は一人で駅へ向かう。

 昨日歩いた道。

 昨日見た紫陽花。

 昨日降っていた雨はもうない。

 それでも、葉の上には小さな雫が残っていた。

 千春は立ち止まり、その雫を見つめる。

 何気ない景色だった。

 でも昨日までの自分なら、きっと通り過ぎていただけだった。

 和の言葉を思い出す。

 ――同じ場所でも、毎日ちょっとずつ違う。

 小さく笑って、また歩き出す。

 夕暮れの風が、ゆっくりと街を吹き抜けていった。

 あの日は、ただ毎日を過ごすことだけで精一杯だった。

 けれど振り返れば、この頃から少しずつ景色は色を変え始めていたのかもしれない。

 私はまだ、そのことに気付いていなかった。