梅雨が明けた。
空は今までの曇天を取り返すみたいに、毎日抜けるように青い。
昼下がり。
祖母は庭先で洗濯物を取り込みながら、何度目かになる言葉を口にした。
「大樹。家の前で遊ぶんよ。山へ行ったらいけんよ?」
「はーい!」
元気な返事をして、大樹は虫取り網を振り回す。
庭先をシオカラトンボが一匹、すいっと横切った。
「待てー!」
夢中になって追い掛ける。
その時だった。
「こんにちはー。書留でーす」
門の向こうから声がした。
「ああ、はいはい」
祖母が大樹を一度振り返ると、彼はまだ庭先にいた。
それを確かめて玄関先へ向かう。
書留に判を押し、郵便屋と言葉を二言三言交わす。
ほんのわずかな時間だった。
「……大樹?」
振り返ると、さっきまでいた庭先に、小さな姿はなかった。
***
トンボは、スイースイーッと低く飛びながら家の裏手へ逃げていく。
「待てー!」
虫取り網を掲げ、大樹も夢中で追い掛けた。
あと少し。
もう少しで届きそう。
そう思った時だった。
「あっ」
白い猫がいた。
山へ続く細い道の入り口。
左右の目の色が違う、あの猫だ。
「ねこ!」
猫は驚いた様子もなく、大樹をじっと見つめている。
トンボは白猫の頭上をくるりと一周すると、そのまま山の奥へ飛んでいった。
白猫もまた、静かにそのあとを追う。
林道の暗さに、大樹は一瞬だけ立ち止まった。
白猫はこちらを振り返ると、長い尻尾をゆらりと揺らす。
暗がりの中で、猫だけが白く浮いて見えた。
「待ってー!」
いつの間にか、大樹はトンボではなく猫を追いかけて、家の敷地から出てしまっていた。
山へ続く杣道。
木々が頭の上で枝を重ね、昼間だというのに薄暗い。
その道へ一歩足を踏み入れた途端、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
(あれ……?)
さっきまで賑やかだった蝉の声が聞こえない。
風も止んでいた。
白猫だけが、静かにそこにいた。
まるで、大樹が来るのを待っているみたいに――。
空は今までの曇天を取り返すみたいに、毎日抜けるように青い。
昼下がり。
祖母は庭先で洗濯物を取り込みながら、何度目かになる言葉を口にした。
「大樹。家の前で遊ぶんよ。山へ行ったらいけんよ?」
「はーい!」
元気な返事をして、大樹は虫取り網を振り回す。
庭先をシオカラトンボが一匹、すいっと横切った。
「待てー!」
夢中になって追い掛ける。
その時だった。
「こんにちはー。書留でーす」
門の向こうから声がした。
「ああ、はいはい」
祖母が大樹を一度振り返ると、彼はまだ庭先にいた。
それを確かめて玄関先へ向かう。
書留に判を押し、郵便屋と言葉を二言三言交わす。
ほんのわずかな時間だった。
「……大樹?」
振り返ると、さっきまでいた庭先に、小さな姿はなかった。
***
トンボは、スイースイーッと低く飛びながら家の裏手へ逃げていく。
「待てー!」
虫取り網を掲げ、大樹も夢中で追い掛けた。
あと少し。
もう少しで届きそう。
そう思った時だった。
「あっ」
白い猫がいた。
山へ続く細い道の入り口。
左右の目の色が違う、あの猫だ。
「ねこ!」
猫は驚いた様子もなく、大樹をじっと見つめている。
トンボは白猫の頭上をくるりと一周すると、そのまま山の奥へ飛んでいった。
白猫もまた、静かにそのあとを追う。
林道の暗さに、大樹は一瞬だけ立ち止まった。
白猫はこちらを振り返ると、長い尻尾をゆらりと揺らす。
暗がりの中で、猫だけが白く浮いて見えた。
「待ってー!」
いつの間にか、大樹はトンボではなく猫を追いかけて、家の敷地から出てしまっていた。
山へ続く杣道。
木々が頭の上で枝を重ね、昼間だというのに薄暗い。
その道へ一歩足を踏み入れた途端、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
(あれ……?)
さっきまで賑やかだった蝉の声が聞こえない。
風も止んでいた。
白猫だけが、静かにそこにいた。
まるで、大樹が来るのを待っているみたいに――。



