恋愛初心者②〜強化合宿で事件発生!?〜



「僕は二年前、過労と同じ事務所に所属する同業者からの嫌がらせを受けて命を断とうとしたことがあります」

「――!」


「人を金ヅルとしか思わない所長にスケジュールを詰め込まれ、仕事が来ない同業者からは“プロデューサーに媚を売って仕事をもらう成り上がり者”と屈辱的な噂を流され、存在を否定されたことも一度や二度の話ではありませんでした。この世界に一人ぼっちになったような気がして、誰にも相談できずに消えてしまおうと」


 過去の辛かったことを話しているはずなのに、表情はおだやかで、まるで大切なものを見ているようだった。


「まあ、実際失敗しているから僕は今こうして立っているのですが。視野が狭くなっていた僕に、宗介は言ったんです。俺の大事な友達を勝手に殺すんじゃねえ。俺たちが悠人のそばにいるのは悠人が好きだから。他人から浴びせられた“消えろ”の言葉を受け入れるくらいなら、“逃げて俺たちと生きろ”って言葉も受け入れろ、と。さすがの僕でも、胸ぐらを掴まれて怒鳴られたのは初めてでしたね」


 当時の秦くん、怖かったんだろうな……。

 大切な人と二度と会えないだけでも辛いんだ。自分から消えることを望んでしまうほど追い込まれているのに、相談されることも気づくこともないなんて。

「僕は自分が思う以上に、周りから大事にされていたんです。そこで気づきました。自分を卑下したり悪く言うのは、こんな自分でも好いてくれている人への侮辱になると」
 ひと呼吸おいて、桐谷くんは更に続ける。


「僕は牧野さんのことを、大切な友人だと思っています。他のクラスメイトも、常に一生懸命で話しやすい牧野さんが好きだから側にいるはずです。相談することも逃げることも、僕は怖かった。僕や牧野さんみたいに真面目な部分が大きいと余計に。宗介に話しにくければ僕に言えばいい。一度罪を犯した僕からのアドバイスです」

 最後に誰もが息を呑んでしまいそうなほほ笑みを浮かべて桐谷くんは話を切った。



「ありがとう、桐谷くん。わたしも桐谷くんのこと大切に思ってるよ。相談すると心が軽くなるって知ったから、今度からは頼らせてもらうね」
 こくんと頷く桐谷くん。


「悠人、ほんとに変わった」

 わたしたちが話している間ずっと近くにいた斎藤くんが、メモ帳から視線を上げて目を細めた。
 桐谷くんを見ると、わかりやすく顔をしかめていた。


「あんたらのせいです。僕がちょっとキツい口調でしゃべるとツンデレとか赤ちゃんとか言ってくるからです。プライドズタズタにされるこっちの身にもなってください」
「あれ、ご機嫌ナナメ? アメちゃんあるよ」

「もおぉぉぉ! やっぱヤですっ!」



 斎藤くんのからかいで、さっきまでの落ち着いた空気が一瞬ではじけ飛んだ。

 むくれる桐谷くんをからかい続けてる斎藤くんはいつもと同じ優しい目だけど、いたずらっ子みたいに笑ってる。


「ああ、それと。当時は追い込まれていましたが、今は思い出そうとしなければ思い出せないくらい色あせた遠い昔の記憶です。今では前世の記憶じゃないかって思うくらい。だから、あまり気は遣わないでくれると嬉しいです」

 いつの間にかつかみ合っている桐谷くんと斎藤くんに、そろそろ止めた方がいいかなと思いはじめたころ。桐谷くんはそう言い切った。



「もちろん!」
 わたしも過去のことで気を遣われたくないし、今まで通り普通に接するよ。

「……牧野さんに免じて、赤ちゃん扱いしたことは水に流します。感謝しなさいね、椋」
「はあい」

 まだいたずらっ子モードの斎藤くんだったけど、それ以上はなにも言わなかった。秦くんが迎えにきたから。

 木の影から出てきた秦くんは少し不満そう。



「当時の口調まで再現する必要ないでしょ。ムダに似てるのがムカつく」
「ちょっと荒っぽい口調の秦くんも大好きだよ」

「ぐ……あのときは取り乱してて、冷静じゃなかったから。もう見せないから」

 ちぇ。
 見てみたかったのに。


 何回かねだってみたけど、ダメだった。

「そういえば、なにを確認してきたの?」
「校則。今後必要になるかもしれないから一通り目を通しておいたんだ」

 校則? なにに使うんだろう。
「そろそろ人もはけたし、戻ろうか」
「うん」



 周りは、わたしたち以外だともう先生しか残っていない。そろそろ戻らないと迷惑になっちゃうから、少し早足で宿舎に戻った。


「メイたちこれからお風呂だけどあんたは来ないでよ」
「そうそう、地味子が移るから」

 部屋の扉を開けると、上機嫌の永塚さんたちが出てきた。
 この宿舎、お風呂が普通のお湯じゃなくて温泉らしい。温泉は美容にいいって聞くし、楽しみにしてたのかな。


「わかりました。わたしは部屋のシャワーを使いますね」

 温泉にも複数人でのお風呂にも興味はないし、小学校で宿泊行事に参加しなかったのもあって恥ずかしさが勝ってしまう。

 今回ばかりはこの拒絶がありがたかった。


「メイたちの荷物には指一本触れないでよ」
「なくなってたら、あんたが盗んだってことだからね」

 永塚さんたちの荷物は、部屋の奥の方のベッドスペースに移動されてあって、シャワー室には近くない。触ることはないと思うな。


 ルンルンの三人を見送り、荷物が置いてなかった一番手前のベッドのわきに自分のスーツケースを移動させた。




 三人が帰ってくる前にシャワーを浴びなきゃ。
 時計を見ると、もう八時。


 十分でシャワーを浴びて、英語のリスニングをしながら寝落ち。
 永塚さんたちが帰ってくる前に眠れた。