桐谷くんの荒療治で心が軽くなったわたしは、晴れやかな気持ちでバーベキューを楽しんだ。
秦くんの班の人とも上手く会話が続いたと思う。
秦くんの班メンバーは、初等部からバスケ部に入っている人と、その友達が二人。四人は七年目になる付き合いらしい。
冗談を言い合って笑ったり、片想いトークをしたり。
桐谷くんがわたしと秦くんの関係をサラッと言っちゃったから、会話の半分くらいは秦くんへの質問攻めになったけど……。
焼きおにぎりを食べながら他人事で聞いてるとたまにわたしの方にも質問が飛んでくる。
「なんで好きになったの?」とか、「宗介って独占欲強いしソクバク? みたいなことされてる?」とか。
なんで好きになったか……。
はっきりとした理由は自分でもわからない。だけど、緊張していたわたしに親切にしてくれたり、テスト勉強でわからないところを教えあったり、体育祭でも助けてもらった。
「感謝を重ねていくうちに、わたしも秦くんになにか返したいって思うようになって、気がついたときにはもう好きになってました」
独占欲のくだりは、聞かなかったことにした。
秦くんがすごい顔で班の人たちをにらんでたから、あんまり触れてほしくないのかなって思って。
人に恋のきっかけを話すって照れくさいな。顔だけじゃなくて、耳まで熱い。
わたしが話したから次は秦くんの番、という流れになった。会話を振った本人たちはもちろん、桐谷くんと斎藤くんもお皿から秦くんに視線を移した。
「……万年筆」
しばらくモゴモゴと言いにくそうにしていた秦くんだけど、聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそうつぶやいた。
「万年筆が?」
「俺の大事な万年筆、大事にしてくれたから」
わたしたちはその返答に顔を見合わせ、首をかしげた。当事者のはずのわたしもあまりピンときていない。
あのとき、なにか特別なことしたかな。
「俺が落とした万年筆、指紋がつかないようにってハンカチで持ってくれたでしょ」
「うん」
土で汚れてはいたけど、指紋はついてなかったからね。
「それで好感持って、名前が空だって聞いたとき、運命だと思った」
え!? そんな前から!? 出会って間もないよ!?
「そのときはまだ、明確な恋ではなかったと思う。亡くなった母と同じ名前で、あの万年筆を大切にしてくれた。ただそれだけの理由。でも、空と一緒にいて恋に落ちない方が難しい」
て、照れる……!
「うえ〜……ガチのノロケじゃん」
「いいなぁ……。俺も彼女ほしいわ……」
「顔いい、身長高い、バスケ上手い、勉強もできる。その上彼女まで……! 裏切り者……」
「同盟を結んだ覚えはないよ」
半泣きで恨み言を発する人たちをバッサリ切る秦くん。
お水を飲んだり顔をあおいだりして熱を冷まそうとしているわたしに、メモ帳を持った斎藤くんが「今どんな気持ち?」としきりに聞いてくる。
「見たままの通りです……」
恥ずかしさが倍増した気がする。
相談してみようって決めたら心の中のつっかえが取れたみたいで、だからこそ恥ずかしいが先に来てるのかな。
本人がすごく真剣だからそっけなくするのも申し訳ないし……。
一人であわあわとしていたけど、高橋先生が壇上に立ったのに気づいてなんとか逃れた。
「そろそろお開きの時間です。食べ終わった人は片付けを始めてください。後ほど学年メールにてお知らせを行いますが、明日予定されていたハイキングは、雨予報のため中止します。四日目の観光に関しては実施する予定ですが、台風の影響で夕方から雨が降る予報なので十分注意した上で楽しんでください。以上です」
ハイキングは中止かぁ……。多分授業になるからイヤな人もいるだろうけど、わたしはちょっと安心。
永塚さんたちの目的はわからないけど、最悪ハイキングで置いてかれちゃう、なんて予想もしてたから。
そこまですると退学処分になっちゃうからしないとは思うけど、なんでも悪い方に考えてしまうわたしは、一人で予想して一人で怖くなっていた。
観光ならバスに乗れば帰ってこれるけど、山は自信ないからね。
ほっと胸をなで下ろすわたしに斎藤くんも同意した。運動不足だから開始直後にリタイアするかも、とわたしとは別の理由でハイキングを心配していたみたい。
小説家は体が資本だし、足腰のためにもウォーキングくらいはした方がいいんじゃないかな……?
ともあれ、緊張イベントと心配ごとが減ってよかった……。
「あの、秦くん」
「ん?」
「その、片付け終わったら、二人で話したくて……」
「いいよ」
い、言えた……! ありがとう桐谷くん! わたし、ちゃんと言えたよ……!
日が落ちるまでに片付けを終わらせて、近くに人がいない場所で秦くんと向き合う。
「実は……」
たどたどしくて、順序もめちゃくちゃなわたしの話を秦くんは「空のペースでいいよ」と言って最後まで聞いてくれた。
「大体わかったよ。話してくれてありがとう。ひどくなるようなら先生を頼ることも視野に入れて、二人で考えてみよう」
「わ、わたしこそ、ありがとう。黙っててごめんね」
「いいんだよ。ことが大きくなる前にこうして話してくれたんだから。それで十分」
そう言った秦くんはふわり、と柔らかい笑顔を向けてくれた。
「桐谷くんにもお礼言わなきゃ」
「空に手を上げたのは許したくないけど、発破かけてくれたって意味では俺も感謝しないとだね。まだ戻ってないだろうから、行ってきていいよ」
「秦くんは?」
「俺は確認したいことあるから後で伝えるよ」
「そう? じゃあ行ってくるね!」
走って戻ると、人がはけるのを待つと言っていた桐谷くんが斎藤くんと喋っていた。
「話せましたか?」
時間をあらためた方がいいかなって思ったけど、わたしに気づいた桐谷くんの方から話題を振ってくれた。
「うん。ありがとう、桐谷くん。心が軽くなった気がするよ」
「いえ。偉そうに言いましたが、僕も昔同じことで怒られたことがありますから。受け売りです」
「同じこと……?」
桐谷くんが、誰に? わたしと同じことで?
「僕は二年前、過労と同じ事務所に所属する同業者からの嫌がらせを受けて命を断とうとしたことがあります」
桐谷くんはいつもと同じ声色で、淡々とそう語り始めた。

