仲よくなろう。そう決意したはいいけど永塚さんとの距離はこれっぽっちも縮まらず、不安なままお父さんが帰ってくる日を迎えた。
今日は土曜日だったから授業が終わったあと、不安そうな顔を隠すように鏡を見て笑顔を作ってから直通バスで国際空港に向かった。
お母さんとお兄ちゃんは車で先に向かったらしい。駐車場の場所がチャットで送られてきてた。
あ、もう合流したんだ。
えっと……ここどこだろ……。
何度も係員さんに聞いて広い空港内をさまよい歩き、なんとか合流。
「空、ただいま。大きくなったね」
二年半ぶりくらいに見るお父さんは、少しだけ痩せた気がする。でも、出会い頭に抱き締めてくるところは変わってないな……。
「おかえりなさい、お父さん」
「翔、空はもう中学生なんだから」
「ごめんよ祐里。祐里も抱きしめてあげるから」
「もうっ、そういうことを言ってるんじゃないわよ」
文句は言いつつ、満更でもなさそうなお母さん。翔っていうのがお父さんの名前で、祐里がお母さん。出会ったのは中学らしいんだけど、いつまでも新婚さんってくらいラブラブなんだ。
ケンカはもちろんあるけど、お互いを尊重しているから後に引くこともない。
わたしも秦くんとこんな関係になれたらな。……なんて。
「祐里、今日の晩御飯はどうする? 外食にする?」
「ううん、作ってあるわ。温めたら出せるから今日は家で食べましょ」
「久しぶりの手料理……すごい嬉しいよ。そうと決まれば早く帰らないと」
「……安全運転でお願いね」
お父さんがいるときは、基本お父さんが運転する。わたしはよくわからないんだけど、お父さんの運転の方が安心するんだって。
お母さんが助手席に座って、わたしとお兄ちゃんは後部座席。
ワイヤレスのイヤフォンをつけて、五線譜が書いてあるノートに楽譜を書いている。
作曲……してるのかな。夏用のCDはもうなにを収録するか決まってるらしいけど、来年とか再来年に発表か、音大の受験用?
「ここはもう少しトリッキーなリズムの方が……そうなると左の指が足りないな……いやでも、一瞬なら右でカバーに入れるから……」
完全に自分の世界に入っていて、声をかけるタイミングがない。
特に話す用事もなかったから、せわしなく動き続けるペンと、五線譜上に次々と生み出されていくオタマジャクシを見ていた。
「二人とも、お家着いたわよ」
お兄ちゃんの世界をのぞき見てる間に車はガレージに停まっていた。全然気づかなかったな……。
イヤフォンをしてお母さんが来たことに気づいてないお兄ちゃんの肩をたたいて車から降りた。
「ん、いい匂いするね」
「夜ご飯のときに出すわ。先にお風呂入って疲れ取ってきて。いっぱいお土産話あるでしょ? 今夜は寝かせないから」
「そうするよ」
お父さんとお母さんのそんな会話を聞きながら、持ちやすそうな紙袋の荷物を二階のリビングに運んだ。お兄ちゃんは見るからに重そうな大きいキャリーケースを軽々と片手で運んでいる。
……わたしももうちょっと筋肉つけた方がいいかな……。
「高三男子とちょっと前までランドセル背負ってた中学生女子じゃつけられる筋肉量が違うんだよ。あんま気にすんな」
制服の半袖からのぞく細腕で力こぶを作っていると、察したお兄ちゃんがなぐさめてくれた。
そ、そうだよね!
わたしはついこの間十三歳になったばかりの女子で、お兄ちゃんは今年十八歳になる高校生の男子。比べちゃダメだよね。
自分に出来る範囲で頑張らなきゃ。
そう、自分に出来る範囲で……。
うう……言い聞かせるほど永塚さんのことが頭に浮かぶ……。
なんでわたしはこんな人付き合いが下手なんだぁ……。小学生のときに逃げてたツケが今回ってきてる気がする……。
「空?」
「あ! ううん、なんでもない!」
「……? なんか悩んでんなら話くらいは聞けるけど。解決はしなくても一人で抱えるよかいいんじゃね?」
「大丈夫だよ。大したことじゃないから」
昔、私が登校できなくなる前にもお兄ちゃんは同じことを言ってくれた。
一人で抱えるよりは二人で悩んだ方が楽だって。
わたしはそれを無視して痛い目をみた。
だけど今回のは班の人と上手く会話が続かない、くらいの小さいことだから自分でなんとかしたいんだ。お兄ちゃんは今年大学受験だからあんまりジャマしたくないし。
お兄ちゃんは納得してなさそうだったけど、最後はわたしの言葉を信じてくれた。
強化合宿まではあと二日。
もう事前にできることはないけど、当日はボロが出ないように気をつけなきゃ。
決意しなおして久しぶりに全員そろった家族との夕食を楽しんだ。
わたしはデザートのチーズケーキと、メイン料理だった鮭のバター醤油焼きだけ教えてもらいながら作った。
お父さんにもお兄ちゃんにもお母さんにも美味しいって言ってもらえてひと安心。
秦くんもお料理上手みたいだから、いつか二人で作ってみたいな。

