恋愛初心者②〜強化合宿で事件発生!?〜



「大丈夫……?」
「え?」

 帰りの電車の中。秦くんはわたしを見て、心配そうに眉を下げた。

 秦くんは違う教室のはずだから、永塚さんたちのこと……ではないよね?



「他クラスで部活が同じ友達から、空がヘンな女子生徒にこき使われてたって聞いたよ」

 そうだった……! 秦くん自身がそこにいなくても、お友達経由で伝わっちゃうんだ……!

 でも、あれはこき使われてたっていうよりわたしからやったことだし……。



「平気だよ。うまくやっていけると思う」

 三対一でなにかされたら勝ち目はないけど、今のところは言葉にちょっとトゲがあるくらいだから。完全に無視されてるわけじゃないし。


「そう……? じゃあ、なにも言わないでおくよ」
「でも、なにかあったら頼らせてね」
「うん。それじゃ、また明日」

 プシュー、とドアが閉まり、秦くんの姿が小さくなっていく。


「……だいじょうぶ。だいじょうぶ」

 あのときみたいにはならない。
 あのときは自分が一人ぼっちになったような気がした。だから心が折れた。

 でも今は、自分を心配してくれる人がいて、それを言葉にしてくれる。
 その人たちに迷惑をかけないように、できる限り仲よくなる努力をしなきゃ。



「ただいまー」
「おかえり、空」

「お母さん! 今日は早かったんだね!」
「準備してるときに連絡が入ってね。急に出張が入ったから作り置きはしなくていいって。今日はお掃除一件だけだったのよ」


 お母さんは鼻歌まじりにそう言った。
 海外に住んでるお父さんから一時帰国の連絡が入ったって朝言ってたし、嬉しいんだろうな。二年半ぶりくらいだもん。

 なおさら心配かけないようにしなくちゃね。



「お父さんが帰ってくるまでに美味しいメニューたくさん考えておくわね」
「お父さんっていつ帰ってくるの?」

「七月の二十三日。滑り込みで飛行機早めたみたいなのよね」

 二十三日……あと三日だ……!
「お母さん、わたしもご飯つくりたい……! 教えてくれる?」

 お父さんにも作ってあげたいし、おいしいって言ってくれる阿部さんたちにももっと作ってあげたい。


「ふふっ、じゃあ今から一品作ってみましょうか」
「うん!」


 三階の自分の部屋に荷物を置いて、着替えと手洗いを済ませてから二階のキッチンに向かった。

「今日のメインはもう作り終わってるから、明日のメインを今作って冷凍しておきましょう」


 今日のメインはブリ大根。
 うちはいつも魚とお肉を交互に食べているから、明日はお肉の日。


「簡単で美味しい、デミグラスハンバーグを作るわよ。もちろん、ソースも手作りだからね」
「あ、あれってお母さんの手作りだったの!?」

 これまで何回もデミグラスハンバーグは食べてきたけど、ソースまで作れるなんて!


「そうよ。おいしいんだから」
 うん。すごくおいしかった。

「まずはタネからね。みじん切りはできる?」
「んー……ちょっと自信ないかな……」
「教えてあげるから、一緒にやってみましょ」
「うん!」


 玉ねぎを入れて紐を引っ張ると、連動している刃がみじん切りにしてくれるっていう道具もあるけど、今回は練習のために包丁で切ってみる。

「まずは横向きに刃を入れて……そうそう。次は、いつもやるみたいに縦に切るの。お母さんはこの手順だけど、難しかったら縦に切るのを先にしてもいいわよ」


 今度からは、そうしよう……。すべりやすい玉ねぎを横向きに切るのは、すごく難しかった……。手を切っちゃいそうで。


「そうしたら、レンジで温めてから冷蔵庫で冷やす。待ちながら夜ご飯にするから盛り付け手伝ってくれる?」
「もちろん!」


 我が家の夕食は六時から。五時半に帰ってきてすぐお風呂に入るお兄ちゃんにリズムを合わせている。練習モードに入ったところをジャマしちゃうのはイヤだからね。

 もうすぐ六時になる。そろそろお兄ちゃんがお風呂から上がってくるくらい。

 大きなテーブルに三人分のランチョンマットを敷いて、お米やメインのブリ大根、味噌汁、おかずを置いていく。



 終わったころに、階段をかけ上がる音が聞こえて来た。ちょうどお兄ちゃんがお風呂から出たみたい。

「ん、美味そ」
 そう言ってカボチャをつまみ食いするお兄ちゃん。座ってから食べよう……?



「「いただきます」」
「いただきます」

 カボチャを飲み込んだお兄ちゃんがワンテンポ遅れて手を合わせて、そのままブリを口に入れた。ほぼ一口……骨大丈夫かな……?


「い゛っ……」

 あ、ダメだったみたい。わたしは気をつけて食べなきゃ。


 お兄ちゃんに麦茶の入ったグラスを渡して、まずはブリの骨を取るところから始めた。なにごとも、焦りは禁物だからね。



 そう。急いては事を仕損じる。そんな言葉があるくらいなんだから。


 永塚さんも急にグイグイ来られたらビックリしちゃうだろうから、ちょっとずつ仲よくなっていこう。