花火が終わるころには九時を過ぎたから、秦くんは今日も泊まっていくことになった。
あんな風にからかってきたお兄ちゃんのせいで顔を合わせるのがちょっと恥ずかしいけど、交換日記のことを話すにはすごくいい機会だと思う。
「お互いのことを知るために、交換日記を始めたいんだけど……どうかな」
お風呂上がりの秦くんをつかまえて、単刀直入に聞いた。
結果はもちろんOK。秦くんも興味があったみたいで、さっそく余ってるノートでやることにした。
作ったルールは四つ。
無理なく続けること。
ウソは書かないこと。
書くのも読むのも家でやること。
人に見せないこと。
今みたいな長期休みの期間に毎日やりとりしようと思ったらすごく大変だし、期限を設けることで義務感が生まれてうまく機能しなくなってしまう。
お母さんがそう言ってたから、まずは自分たちのペースでしようと思う。
最初に自己紹介のページを二人で書いて、先攻は提案者のわたし。
秦くんがいなくなった自分の部屋で自己紹介ページを見ていると、全然知らなかった情報がゴロゴロ出てくる。
写真撮影が好きとか、好きな食べ物はワカメとか、実は泳げなくて海水浴がニガテとか。
わたしと同じでおしゃれも初心者らしい。一緒に頑張ろう、と書いてくれていた。
好きなものの一番上に『牧野空』って書いてあったのを見つけたときは、うれしさとか恥ずかしさとかが混ざってヘンな声が出ちゃった。
誰にも見せないってルールがなかったとしても、誰にも見せたくない。
これを書いてるときはわたしのことを考えてくれてるって思うと、人に見せるのはもったいない。
うーん……。お母さんはどういうこと書いてたっけ。
でも、最初だからこそ見本なしで書きたい。
簡単なあいさつから始まって、夏祭りについてのお礼と、自己紹介ページから話題を広げてみようかな。
写真撮影が好きで景色も生き物も撮るって書いてあるから、いつか絶景めぐりとかしてみたいね、みたいな感じかな?
さ、最初なのに文量が全然ない……!
もう一度よく自己紹介ページを見てみると、一言スペースに「名前呼びしてほしい」と小さく書いてあった。ほんとに小さくて、顔を近づけないとなんて書いてあるかわからないくらい。
名前呼び……。
そういえば、康太くん以外の人は名前で呼んだことなかったなぁ……。
小学生のときはどうせ友達になれないからって諦めてたし、中学になってもその名残はあるけど秦くんのことは名前で呼んでみたい。
クセでしばらくは苗字呼びになっちゃうと思うけど……。
それでも下のスペースは開いちゃったから、なにか書いてほしいことがあったら教えて欲しいっていうのと、一言質問を書いてみた。
最初だから無難に、“将来の夢”について。
日付は……。
あ、もう十二時回っちゃってる。
八月五日っと……。
ノートはキズがつかないように大きめのクリアブックカバーをかけた。
渡すときに袋があった方が目隠しにもなるし便利だよね。
小学校の家庭科の授業で作ったトートバッグ、結構上手に作れたからこれ使っちゃおう。マチも小さいし使いにくかったからクローゼットの中に押し込んでたけど、このノート一冊ならピッタリだ。
ノートをトートバッグに入れて、今日のところはベッドに入った。
今日は慣れない下駄でたくさん歩いたから、タオルケットをかぶってすぐ、わたしの意識は暗やみに引っ張られていった。
ジリリリリリ
ああ……ねむ……。
もう四時なの……?
毎日同じ時間に鳴るアラームをぺしっと止めて、二度寝しないようにベッドから起き上がった。
ここで眠いからって二度寝すると、お昼まで起きられない。そして夜眠れない。
わたしは夏休みの宿題をやらないといけないのだ。
夏休みの宿題は、A組か通常クラスかで違いがあって、A組の場合は夏休み明けの確認テストに向けた復習が多めで、主要科目は全部出るんだよね。
通常クラスは教科ごとの宿題が少なくて、その分自由研究が二本とか、読書感想文に加えて本の紹介ポップを作ったりする宿題が多いみたい。
自由研究はわたしもあるから、全く同じ構図の絵を異なる技法、異なる画材で描いて人に与える印象にどんな違いがあるのか調べてみようかなって思ってる。
アンケート取るなら協力するってお兄ちゃんも言ってくれてるし。
決めたのは課題の絵を描いているときだったから、あのお嬢様ごっこもムダじゃなかったって思える。
それに、CDのジャケット写真を描くなら人に好印象を持たれる絵を追求したいからね。
あと時間がかかりそうな読書感想文は、もう終わらせた。夏休み前に配られたから、ちょうどそのとき読んでた本で。
『少女ポリアンナ』。わたしが大好きな本で、主人公のポリアンナは尊敬してる人の一人。
おすすめしてくれたのはお兄ちゃんで、小学生のわたしが立ち上がれて、また学校に通えるようになったのは家族とこの本があったからといってもいいくらい。
どんな辛いことがあっても「よかったこと」を探す精神は、何度もわたしを元気づけてくれた。
だから今のわたしも、前向きな思考を心がけてる。できてるかは自分じゃよくわからないんだけど、前より落ちこむことは減った……かな?
好きの気持ちを詰め込んだPR文みたいな感じだから、課題の目的にそってるかはわからないけど……。その場の勢いで、A組には出ていない紹介ポップまで作っちゃった。
提出することはないから、今はラミネート加工してからしおりにしてる。
英字新聞を読むために朝の日課にしてる英語の単語テストが終わったら、ランニングまでの残り時間は五十分。
さて、なにからやろうかな。
一番時間かかりそうな英語は合宿早退した次の日から手をつけてたからもうすぐ終わる。
理科かな。予習分が難しそうだからこれも早めに終わらせたい。
五時になったらランニングに出発。
今の時期は六時過ぎちゃうと暑くて動きたくなくなっちゃうから、わたしは早めに行くタイプ。
お兄ちゃんは朝弱いから、夏だけジムに行くことが多いかな。シーズンごとの短期契約ができて二十四時間空いてるところが駅前にあるとかで。
わたしは今ので満足だし、ランニング中に描きたくなる景色を見つけることも多いから行くつもりはないけどね。
「……そら……?」
人を起こしちゃわないようにそーっと階段を降りたつもりだったんだけど、失敗しちゃった。
ちらりと開いたお父さんの部屋からは秦く……じゃなくて、そ、宗介くんが。
「どこかいくの……?」
宗介くんは今起きたばかりみたいで、眠そうに目をこすっていた。
「ランニングだよ」
お母さんたちを起こさないように小声でそう言うと、宗介くんの目がぱちっと開いた。
「俺も行く」

