恋愛初心者②〜強化合宿で事件発生!?〜



 八月四日。
 今日は青葉市で一番大きいお祭り、青葉祭がある。

 秦くんとデートだから、楽しみすぎて目覚ましより早くに目が覚めちゃったな。


 いつもは一時間しか取らない朝の宿題時間を三十分伸ばしてからランニングに行こう。

 毎朝やってる英語の単語テストと宿題冊子をやっていたら、一時間半くらいすぐに経つ。


 体育着に着替えて、玄関にお風呂セット用意して……っと。
 ストップウォッチを起動させたスマホとカギ、ペットボトルのスポーツドリンクをランニングポーチに入れて家を出た。



 家から駅まで一番遠回りの道で片道二キロ半、往復で五キロのランニングを終えて、帰ってきたら大体お母さんが起きてくる時間になってる。

 美味しそうな匂い……! お腹空いてきたー。

 早くシャワー浴びて汗流しちゃおっと。
 玄関に用意しておいたタオルや着替えを持ってそのままお風呂へ直行。

 運動したあとにシャワーを浴びるのはすごく気持ちがいい。



「あら、走ってきたの?」
 二階のリビングに戻るとお母さんがお皿をテーブルに置いているところだった。


「うん。合宿とか風邪とかであんまり走れてなかったからね」

 あんまりサボってるとお兄ちゃんと走るときに置いてかれちゃうし、ダイエットはあんまりやりたくないから……。


「秦くん、いい子だったわね。翔とも話したけどお母さん、あの子なら安心して空を任せられるわ」


 お母さんとお父さんの中で、秦くんの印象はすごくいい。

 最終的に康太くんに案内してもらったけど、わたしとの会話をちゃんと覚えていてそれを元に家まで来たっていうのがお母さんの中でキュンポイントだったみたい。

 まだ学生だったとき、風邪を引いて学校を休んじゃったお母さんのお見舞いに来てくれたことがあって、そのときのお父さんも過去の会話から予想して家を当てたらしい。



「何気ない会話を覚えてくれる子はちゃんと大切にしてくれるわよ」

 お父さんを選んだお母さんが言うのだから、間違いないんだろうな。

 わたしも秦くんの言った言葉は覚えていようってがんばってるけど、秦くんは自然にそれをふまえた行動を取ってくれてる。
 まだわたしはその域までいけてないけど、いつかはスマートにリードしてみたい……!


「相手のことを想ってなにかしたいって思えるなら、きっとできるようになるわよ。お母さんと翔が付き合い始めてすぐから今までやってることがあるから、あとでこっそり教えてあげるわね」
「う、うん……! ありがとう!」

 あとに引きずるケンカもすれ違いもせずに仲良くいられて長続きする秘密……! 知りたい!



 朝ごはんを食べて歯みがきを終わらせたわたしは、お母さんが部屋から持ってきてくれた段ボールの中を見て、目をぱちぱちと瞬いた。

「これ……?」
「そう。もう二十年以上やってるのよ」
 みっちりと入っていたのはノート。

「交換、日記……」
 一番古いのは、二十二年前の秋の日付け。
 付き合ったその日から始めたらしい。お母さんの提案で。


 パラパラとめくっていると、ところどころ「今日は言いすぎちゃってごめんなさい」とか、「僕の方こそもっと伝え方があったよね、ごめん」とケンカがあったことがわかる文があった。


 そっか。ケンカしてもこうやって文章で謝れるから仲直りしやすいんだ。ノートを渡すために会いに行くと会話も生まれるし、書くときに相手のことを考える時間が作れる。


 これがあるからお父さんとお母さんはずっと仲良しで、いつまでもカップルみたいな夫婦でいられるんだ。

「それにね空。空のことだから今回の合宿のこと、もっといい方法があったんじゃないかって思ってるんじゃない?」
 どきっとした。
 お母さんはわたしのことならお見通しだ。



「うん。初顔合わせのときに相談していれば、とか……」
 だから、正直に答えた。


「文章ではね、面と向かって言うにはちょっと恥ずかしいこととか、言いにくいなって思うようなことも書けるのよ。あのときはああ言ったけど、実はこんなことで悩んでるんだって、お母さんもよく書いてたわ。交換日記で新しい一面が知れて、お互いもっと好きになったんだから」

 新しい一面……もっと好きに……。


「わたしから、提案してみようかな」

 秦くんが言ってた「実の兄を好きになったらどうする?」ってことも、口頭じゃ言いにくいことかもしれない。少なくとも、言いやすいことではないよね。


 わたし、秦くんのことは知らないことだらけだ。家族についても、中学生になる前のことについても、将来の夢も、なにも知らない。

 秦くんのことをたくさん知れて、自分のことをたくさん教えられる。

 なんでこんなにいい方法が今まで思いつかなかったのか、不思議なくらいだ。


「お母さんはたちは、空にも陸也にも幸せになってほしい。空の幸せはきっと、秦くんとずっと一緒にいることなのね」

「……うん。もちろんそれだけじゃないけど、秦くんとはずっと一緒にいたいなぁって……」


 お母さんは楽しそうに笑ってる。
 からかわれてるみたいで恥ずかしいな。

「交換日記だけがラブラブの秘密じゃないけど、手段の一つとして使ってみてね」


 パチンとウインクをしたお母さんは「翔の話してたら会いたくなっちゃった」とまだ夢の中にいるお父さんを起こしに行っちゃった。

 朝に弱いお父さんは普段は八時くらいにならないと起きてこないんだけど、お母さんが起こしたらたとえ六時でもスパッと起きる。

 今ごろ歓喜でお母さんのこと抱きしめてるんだろうなぁ……。昔からよくやってたし。


 わたしも、秦くんとの未来はあんな風にいつまでも仲いいカップルでいたいな。


 年月が経って少しくたびれたノートの表紙をそっとなでて、段ボールに戻した。