部屋に戻ったら、夜ご飯を食べに行っているはずの永塚さんたちがいた。
ビックリしたけど、心を落ち着けるようにそっとお守りに手をそえる。
そんなわたしを見て、不敵に笑う永塚さん。
「それ、クセなのね」
「え……?」
永塚さんが指差した方向にはわたしの右手。その下には秦くんからもらったお守りがある。
「あんた、動揺するとそれ触るじゃない。よっぽどその布切れが大事なのね」
「……! これは、ぬ、布切れなんかじゃありません……! 秦くんにもらった、大切な……!」
いくら自分の見た目に自信があっても、言っていいことと悪いことがある。秦くんがわたしのために作ってくれたこれをバカにするのは許さない!
「……秦くん、ね」
低くそうつぶやいた永塚さんの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「なんで! なんであんたばっかりチヤホヤされてんのよ! 地味子のくせに秦くんに色目使ってんじゃないわよっ!」
それは怒りのような、悲しみのような声色だった。
「秦くんのために髪も服も変えたのに! 敵になる女はみんな排除したのに! なんでメイは選ばれないのよ!」
きれいに整えられていた髪をぐしゃぐしゃにして叫ぶ永塚さんは、わたしが思っていたよりもずっと小さく見えた。
「なんであんたが選ばれるの……なんであんたにばっかり人が集まるの……なんで秦くんはメイを見てくれないの!」
「「芽依ちゃん……」」
痛いほどの心からの叫びに、一歩後ずさる。
今の永塚さんを刺激するのは危険だ。わかっているのに、足がそれ以上動かない。
永塚さんは、わたしと同じだったんだ。
でも、振り向いてほしくてした努力が何ひとつ報われなくて。
やきもきしている中で、努力もしてないわたしが秦くんの隣に立ってしまった。
八つ当たりの一言じゃ済まされないようなことをされたけど、それしかないと思わせてしまったのはわたしなのかもしれない。
「こうなったら……あんたからも全部奪ってやるわよ!」
思考がまとまらなくなったところをドンッと突き飛ばされ、貴重品カバンが手から離れる。秦くんからもらったお守りがついた貴重品カバンが。
あっと思ったときにはもう遅かった。
ブチッ……
「……!」
いやな音がした。カバンの持ち手が取れたんじゃない。もっと、もっと小さいものが千切れたような音。
「こんなもの……!」
「……! やめっ……」
伸ばした手はなにもない空間をつかむだけ。
黄色いお守りはいとも簡単に引きさかれた。
全てがスローモーションに見える。
音もなにも聞こえない。
暴風雨が部屋の中に入ってきた瞬間、わたしの体は窓の外に飛び出した。
「……あ」
落ちる——
「ダメッ……!」
強い衝撃と共に、音が戻ってきた。
だけどお守りは……。
行かなきゃ……取りに、でも、どうやって……。
「空ちゃん、空ちゃん! しっかり!」
秦くんに相談なんて、できるわけない。
わたしの不注意でお守りを失くしてしまったなんて、言えるわけない。
でも、誰かここを知っている人に頼まないと。
「——宗介に話しにくければ僕に言えばいい」
あ。
桐谷くん。
窓から飛び降りようとしたわたしを受け止めてくれた人にお礼を言うのも忘れ、大食堂に走った。
桐谷くんは食堂が空くころ、わたしが食べ終わるころに入ってくることが多かった。今ならまだいるかもしれない。
焦りで何度も転びそうになった。
階段から落ちそうにもなった。
だけど、早く取り戻さなきゃ。
その一心で足を動かした。
入る人よりも出て行く人の方が多くなった大食堂にかけ込み、桐谷くんを探す。
と、ちょうどデザートを食べ終わった桐谷くんとパチリと目が合った。
よかった……まだいる……。
「どうしましたか」
力が抜けたわたしを、意外とがっしりした手が支えてくれた。
「お、お守り……お守りが……わ、わたしのせいで……」
「失くした、壊された、外にあるかも。どれですか」
「千切られて、外に……」
「…………。少し待っていてください。皿を片付けてきます」
わたしを近くにあったイスに座らせてくれたあと、桐谷くんはすぐに戻ってきた。
「どこから捨てられましたか」
「えっと、四階の五号室から……」
「今の風を考えると望み薄ですが……探しに行きますか」
「……行きたい」
「では、ついて来てください」
スタスタと歩いていく桐谷くんについて行くこと数分。表口とは違う扉の前にやって来た。
「確かこの辺に……ああ、ありました。これ、ほぼ意味ないでしょうけど、一応着てください。あとこれも」
渡されたのは雨ガッパと懐中電灯。
万が一のときに使えるように置いてあるものらしい……。い、いいのかな……。
「さ、行きますよ」
「あ、あの……桐谷くんまで怒られちゃうよ……」
自分で声かけておいてあれだけど……雷も鳴ってる中でこっそり外に出るなんて、怒られるだけじゃ済まない可能性もあるよ……。
「貴女は怒られたとしても行くでしょう?」
それはそうだけど……。
「あれは僕の親友が、初めてできた恋人を想って作った大切なものです。これは僕の自己満足ですから気にしないでください。風邪を引こうが怒られようが全ては僕の意思です。一緒に宗介から怒られましょう」
その言い回しに心がふっと軽くなる。
自分のためと言われたら、わたしに反論はできない。
金属製の重苦しい扉を開けて、わたしたちは暴風雨の中に突撃した。

