恋愛初心者②〜強化合宿で事件発生!?〜


 問題を起こさないでほしい、と祈るような気持ちで乗っていたバスだけど、今は外の景色を楽しむ余裕がある。
 ほんとはダメだけど、置いてかれてよかったのかもしれないな。


 水を歩道にはねてしまわないように来たときよりもゆっくり進むバス。

 遠くの方でゴロゴロと音が聞こえてくる。
 雷の予報は夜からのはずなんだけど……。
 この辺は木が多いから、落ちないといいな……。

 昔、雷が落ちて家の前の木が折れちゃって、危ないからってお気に入りだった桜並木が全部切られちゃったから。


 今は市役所に交渉しに行ったボランティアさんを中心に苗木から育て始めてるけど、切らなくていいならそれにこしたことはないからね。

 バス停に着いて今度は一人分のお金を払い、風がすごく強いから傘は差さずに走って合宿所へ戻った。



「空ちゃんびしょびしょ! 大丈夫!?」
 ロビーでわたしを見つけるなりかけよってきてくれたのは、阿部さん。

「予定より帰るの遅くなっちゃって。降られちゃったんだ」
「あたしたちもだよ〜。お土産いっぱい買ってたら降ってきちゃったんだ。あ、そうだ、これ使って! あたし、多めにもらってきたから!」
 ふかふかのフェイスタオルを顔にぽふぽふ当てられる。


「ありがとう、阿部さん」
 ああ……気持ちいい……。この柔らかさはホテル並みだよ……。


「あ……阿部さん永塚芽依さんって、知ってる?」
「うん。確か班員だったよね? 迷子?」

「実はそうなんだ。一応、羽場先生に聞いてはみたんだど、見てないって」
 この絵を渡したらお金返してほしいってのと、もう課題押し付けないでほしいって言わなきゃ。


「あたしは見てないな〜……みんなは?」
「うーん……あんま周り見てなかったから……」
「私も」


「……私、見た!」
 阿部さんの班員の一人がパチンと手を合わせた。


「ほんと!? どこどこ? 片上通りにいたっけ?」

「二時半くらいかな……片上通りでアイス食べてる三人組がいたんだけど、その中の一人が永塚さんだったと思う。ほら、ちょうど私たちが抹茶と白玉小豆のかき氷食べてたとき」

 そう言ってスマホの画面を見せてくれた。
 四人の自撮り写真は、美味しそうなかき氷に視線がいく。だけどその後ろ。


 窓の外に見えるのはコーンアイスを食べながら楽しそうにしている永塚さんが写っていた。

 あなたたちひまわり園でもアイス食べてたよね!? どれだけお腹冷やす気なの!?


「これ以降は見てないけど、雨降るのは前からわかってたし、もう帰ってるんじゃない? あの三人、前髪命だし濡れるのイヤがりそうだよ」
「ありがとうございます、ちょっと部屋確認してきます」

 短時間でアイスを二つも食べたことに突っ込んでいるヒマはない。

 時計の時間だけが違う全く同じ構図の絵を渡して、お金を返してもらわないと。

 使い終わったフェイスタオルを先生に渡して部屋のドアをそっと開ける。



 ——いた。
 いた……!


「ただいま戻りました」
 わたしの声は、自分でもわかるくらいかたくなっていた。緊張してる、のかな。

 べしっと三枚の画用紙とレシートをベッドに置く。普通に置くだけだと絶対無視されるからね。




「なによ」
「お金、返してもらいます。返してくれないなら絵は渡しません」
 こ、怖い……! でも、今回の出費はすごく痛いから。

「な、なによ! 地味子のくせにメイたちにお金払わせようって言うわけ!?」
 地味なのは今関係ないでしょ! これからがんばるんだし!



「じ、自分が食べた分だけでも払ってください。バス代とか入園料はレシートがないので強制しませんけど……アイス代とパンケーキ代だけでも」
「えらそうにしてるんじゃないわよ!」
「そうよ! あとからせびってくるなんて!」
「とんだケチ女ね」

 財布を忘れたって言うから帰るまで待ったんだけど……。


「どうしても返してもらえないのなら、先生に相談してご両親に直接返してもらいます!」
「ふん! あんたを班に入れたメイが間違ってたわ!」
 そう吐き捨てられて顔にべしっと叩きつけられたのは千円札が一枚。

 ……足りない! 全然足りない!



「払ったわよ! 絵はもらってくから!」
「あ、ちょっと!」

 他の二人からは千円札すら払ってもらえず絵は取られ、レシートは破かれて金額がわからなくなってしまった。

 領収書もらっておいてよかった……!


 自分の絵まで破かれたくない。カバンを持ったまま部屋の外に出て、ロビーに戻った。


「やっと着いたぁー……」
「うへぇ、クツびっちゃびちゃだわ……」
「同じく」
「お前があとちょっと、とか言うからだぞ。あと五分って何回言ったか覚えてるか? 宗介」
「ごめんて」
 秦くん! ちょうど戻ってきたところだったんだ!


「あ、空! 今帰ってきたとこ?」
「おい逃げるなっ!」

 捕まりそうなところをスレスレでよけて、秦くんがわたしのところまでかけよってきた。
 逃げるための口実にされたような気が……しなかったことにしよう。わたしも秦くんに用事があって来たわけだからね。言い訳を考える時間はかせぐよ。



「あの、秦くんに相談したいことがあって……」
 わたしが切り出した瞬間、秦くんはぱっと表情を明るくさせた。

「着替えてから行くから、一階の談話室で待っててくれる? 下着まで濡れちゃって」
「う、うん。第一談話室でいい?」
「オッケー」

 この合宿所は授業を行うための大会議室だけでなく、数人で話せる談話室もある。普段は第一と第二談話室が開放されてて、先生の許可があれば第三から第五談話室に入れるとか。


 わたしは入ったことないけど、高校大学でエスカレーターを使わずに外部に行く生徒のお悩み相談室になってることが多いみたい。


 みんな、雨でびしょびしょになった体を温泉で温めているころ。あと二時間くらい遅かったら空いてなかったと思うけど、今は誰も使ってなかった。



 電気をつけると、温かみのある色のパッチワークソファーが二台。
 そのうちの一台、入り口を向いている方に座って秦くんを待った。