その恋、賭けですよね? ~理性的なハイスペ後輩の仮面が剥がれたら、狼の執着と独占欲で朝まで抱き潰されそうです~【本編ざまぁ完結+恋人同士の焦れ焦れ 統合版】



 深夜を回り、終電が近付くに連れて徐々に人気が少なくなり始める夜の街。

「………………」

 葵が深い眠りについてから既に数十分。
 未だに彰良はどうするべきか迷い、頭を抱え動けないでいた。

「あ、お犬様はっけーん!」

「っ……!」

 そんな彰良の耳に場違いな明るい声が響いた。
 小さな棘をふんだんに隠した声音に、彰良は見なくても誰か一発で分かってしまう。

「……誰がお犬様だ……!」

 唸るような、威嚇するような声音で返す彰良。

 その前に立つのは、甘い笑顔とは正反対の冷たい笑みを浮かべた華乃だった。

「アンタ以外に誰がいるのよ?」

 鼻で笑う華乃の表情は、普段の男性社員たちを相手にするときの愛想の欠片もなかった。

「お馬鹿な犬が目を離した隙に、引っ攫われた飼い主を見つけて心底安心したって顔してるわね。
 それにしても、先輩がいなくなったって気が付いた時のアンタの顔!
 ここ最近で一番目に面白かったわ!」

 ベンチに座っている彰良の目の前に立ち、見下ろしながら意地悪く華乃は笑う。

「………………この、性悪女……!」

「あら、褒め言葉ね。
 現代の可愛い女の子は、計算高く性悪であざとくなきゃ生き残れないのよ。」

 彰良にとっての諸悪の根源である華乃は、性悪と言われても華やかに笑う。

「それにしても……」

 一頻り彰良をからかったことで満足したのか、華乃の視線は眠る葵に向けられた。

「……無防備で、かーわいい寝顔ねえ?」

 爪先まで綺麗に整えられた華乃の指先が葵の微かに赤い頬へ伸ばされる。

「無防備で、可愛すぎて……罪な人よね。
 ぜーんぶ奪って、壊したくなっちゃうもの。」

 葵の頬に触れた指先がゆっくりと下へと滑っていく。

「先輩に触るな……!」

 無防備な葵の唇に、意味ありげな華乃の指先が触れようとした瞬間。

 彰良がその指を振り払った。

「……なになに?
 王子様の登場にお姫様は安心しきって眠ってる感じ?
 ……バッカじゃないの?
 私だったらアンタが現れた瞬間にガラスの靴を顔面に叩きつけるわ。」

「……お前とは一度真剣に話し合う必要がありそうだな?」

「あら、ごめんだわ。
 私、アンタみたいなお犬様には小指の甘皮ほども興味がないの。
 ……お金を積まれても、アンタと寝るなんて御免だわ。」

「誰が何時っ!
 そんなことを頼んだっ?!
 俺の方こそ、お前のような性悪女は御免だっ!」

 あまりの華乃の言いように苛立ち、反論した彰良は、葵が肩にもたれていることを忘れて立ち上がろうとする。

「ん……」

「っ?!」

 彰良の声と振動で眠っている葵が身じろぎ、寝息が乱れる。
 思わず葵を起こさないように固まった彰良に、再び葵は安らかな寝息を立て始めた。

「……馬鹿ねえ?
 先輩が起きれば、アンタが困っていた問題が解決したのに。」

「っ……五月蝿い。」

 葵がもう一度眠り始めたあとに、そのまま目覚めても良かったと気が付いた彰良の図星を華乃が正確に抉る。

「……ねえ、お犬様?
 Win-Winな提案をしてあげましょうか?」

「……お前の提案など受け付けな……」

「先輩をホテルの部屋の中まで運んだら、お犬様は帰って良いわよ。
 あとは私が責任持って先輩の面倒を見てあげるわ。」

 今までの意地の悪い笑顔とは正反対の輝かしい笑顔で、彰良へと葵をホテルへ運ぶように提案する。

「そんな危険な真似ができるか!」

「あら、失礼ね。
 そこら辺の腰を振るしか能のないクズ野郎と一緒にしないでくれる?
 もしも、この私がアレと同じ真似をすると思ってるなら平手じゃ済まないわよ。
 朝まで私だけが先輩の側にいて、ちゃーんと色んな意味でお世話をするだけだもの。
 ……少なくとも、あのクズみたいに心を踏みにじる真似はしないわ。」

「巫山戯るな。
 お前の方が余程危険だろうが……!」

「否定はしないわ。
 ただ……今回は朝まで私が先輩を独り占めして、寝顔を堪能するだけよ。」

 天敵に吠える犬のように、華乃に対して彰良は言い返す。

「却下だ……!」

「あっそ……ざーんねん。
 じゃあ、私は帰ろうっと。」

 強い拒否を示す彰良へと背を向け、華乃はひらひらと手を振る。

「待てっ!
 お前は先輩の自宅の場所を……」

「知るわけないじゃない。
 私はまだ先輩とお泊りするような深い仲じゃないもの。
 だから、一番安全なホテルを提案したんじゃない。」
 
「ぐっ……」

 馬鹿ねえ、と笑う華乃に彰良は唇を噛み締める。

「じゃあね、お馬鹿なお犬様。
 ………………先輩にくれぐれも手を出すんじゃないわよ。
 ま、そんな甲斐性はお犬様にはないだろうけど……ちゃんと順番は守りなさいよ。」

「……そんなことは、分かっている……!」

「当然よ。
 その人は……そんな雑な扱いを受けていい人じゃないもの。」

「…………それだけは、同意する。」

 今度こそ駅に向けて歩き出した華乃の背中に向けて、彰良はボソリと呟いたのだった。


 彰良と葵を振り返ることなく駅の中を歩く華乃。

「ほんとーに、月曜日が楽しみねえ」

 電車を待つプラットフォームに立てば、スマフォが着信を知らせる。

「うふふ……いい出来ね。
 これで、あのクズは終わり。
 ……ほんと、つまんない男。」

 落とし前くらい付けてもらわなきゃね……と、愉しげな華乃の声は、電車の音にかき消されて消えるのだった。