少なかった雲が広がり、太陽を覆い隠す。
昼間にも関わらず、灰色がかった空。
「……牛頭(ごず)部長、お待ちしていました。」
複数の足音が聞こえる。
総務課の扉を開け、先頭に立ち入って来た人物。
「……吉村総務課長」
ガッシリとした骨太な身体をシワ一つないスーツで決め、白髪混じりの髪を固めた営業部部長、牛頭。
営業部の課長を含む管理職達を従え、気難しそうな厳しい目を吉村へ向ける。
「……ご要件は?」
「火急の要件だ。
元営業部所属、黒木拓矢が関わった案件の中より、猿渡産業との契約書類を確認したい。
もし、保存されているならば黒木が担当する前の契約書類も含めて、だ。」
ドッシリとした声音。
「吉村課長っ!
緊急の案件なんだ!
今すぐに持ってきてくれ!」
営業部課長が焦った様子で吉村へ叫ぶ。
「……困りますなぁ。
火急の要件とは言え、規則は規則。
まずは、契約書類の閲覧を求める申請書の記入から初めて貰いましょうか?」
「吉村課長!
そんな物は後回しにして先にっ……」
「規則は規則、でしょうに。
……そちらの悪タレが、俺の部下にしたことを忘れたと思っているのかい?」
吉村の目が細まり、声が一段低くなる。
「鼠川課長……以前、管理職会議で忠告しましたが、お忘れですかな?
……何が起こったか把握はしていないが、悪タレを野放しにした挙句、規則を遵守させなかった。
アンタが作り上げた土壌で起きた問題で、此方の規則まで無視するような真似を総務課長として許すとでも?」
「っ……それ、は……だがっ!」
「だがも、ヘチマも無いんだよ。
此方の縄張りまで荒らそうとしやがった、俺の可愛い部下にまでちょっかいを掛けたんだ。
規則を捻じ曲げてまで、此方に譲歩を求めるな。」
牛頭の纏う圧に真っ向から向き合い、鼠川の言葉を一刀両断する。
「だ、だが……本当に……か、会社の存続に関わる……」
「吉村総務課長」
騒ぐ鼠川を無視して、牛頭が一歩前に出る。
「私の管理する営業部所属の部下が、総務課の社員へ行った卑劣な行為の数々。
そして、それに気が付けなかったことを心より謝罪する。
本来ならば、問題が起こって間を置かずに謝罪をすべきだったことも含め……本当に申し訳なかった。」
「ぶっ部長っ?!」
立場が下の吉村に向かい、牛頭は深々と頭を下げる。
「……そして、立花くん……君にも、心より謝罪をしたい。
営業部に溜まった膿を出す切っ掛けになったとは言え、君にとっては不快の限りだったと推測する。
黒木の件は、管理職の一人としても至らずにすまなかった。」
そして、デスクに座っていた葵の元へ歩み寄ると、再び牛頭は頭を下げた。
「っ……?!
牛頭部長、頭を上げてください。
黒木さんの件は……彼の人間性の問題であって、牛頭部長のせいではありません。
確かに、不快ではありましたが……私自身が成長する切っ掛けにもなりましたから。」
「……そうか……」
葵は牛頭へと曇りない瞳で答えた。
「……吉村課長、宜しければ自分が件の契約書類の原本を持って来ます。
その間に、閲覧申請書の記入をお願いしては如何でしょうか?」
「……立花さんが、そう言うならしょうがないな。」
真っ直ぐに吉村を見る葵の提案に、吉村は苦笑する。
「では、此方に記入をお願いできますかな?」
「わかった……」
総務課内の重要書類保管庫に向かう葵の背後で、吉村は牛頭に申請書の記入を促すのだった。
「それで、鼠川課長?
此処まで大騒ぎして、此方の譲歩を引き出して契約書類を閲覧したんだ。
……何が起こったか、此方も聞く権利ってモンが有ると思うんだがなぁ?」
「ぐっ……そ、それは……」
葵が持って来た問題の契約書類。
それを牛頭が目を通している間に、吉村が鼠川へと問いかけた。
「……鼠川課長、私が説明します。」
「あ、有馬くん……」
冷や汗を流す鼠川に対し、前に出たのは有馬と呼ばれた女性。
「有馬主任か……それで?」
「はい、事の始まりは本日の午前中、取引先企業から届いた一通のファクスメッセージでした。」
スマートな銀縁眼鏡のブリッチを押し上げ、手元の書類へ目を落とす。
「内容は、当社の担当者である黒木から、契約更新に関するメールを約一ヶ月放置されていることへの抗議。
加えて、新任担当者(女性)に対する、契約更新を条件とした性的関係の示唆、つまりハラスメントの告発。
前任担当者(男性)に対する、過去のキックバック要求の判明。
取引先が保持する一年前の契約書類と、黒木が提示した内容に相違がないかの確認要求でした。」
「は……?」
あまりの内容の拙さに、吉村の口がポカンと開く。
「……だから……言っただろう……うぅ……胃が、胃がぁぁぁ……!」
「いや……胃とか、それ以前にな……え?
今日はエイプリルフールだったか……?」
有馬から語られた内容に総務部は凍りつくのだった。
