都会のビル群の間に風が吹き抜ける。
屋上のベンチに座った男女の間にも、風は吹いていた。
「…………え?
いや……え……すき?
すき……とは……」
「言っておくけどな、LIKEじゃなくてLoveの方だから。
……多分だけどさ、総務部で気が付いてなかったのは立花さんだけだと思う。
まぁ…………だから、あの二人の当たりもキツかったんだよなぁ……」
目を白黒させる葵に対し、気負いのない笑顔で佐山は続ける。
「これでもね、一生懸命にアピールしたつもりだったんだけどなあ……。
立花さんは、ぜーんぶ仕事上の関係って割り切ってたし。
二人でご飯にって誘ってもさ、同僚同士の情報交換って思われてたのはビックリしたよ。」
全くの脈の無さに、いっそ清々しい気持ちになったと佐山は笑う。
「す、すみません……全くもって気が付いていなかったと言いますか……」
「良いんだよ。
それが、立花さんだから。」
男というよりは、兄のような笑顔を慌てる葵へ向ける。
「俺ね、最近さ分かったんだ。
……あの二人みたいな強い感情じゃないと、立花さんには届かなかったんだって。」
「っ……それは……」
「あ、恨み言じゃないから!
……たぶん、俺じゃ立花さんの全部を纏めて引き受けるには……器っていうのかな?
えぇっと……あっ、バケツ!
そう、立花さんの気持ちを受け止めるだけのバケツが無かったんだよ!」
「……バケツ、ですか……?」
良い考えだ、と笑う佐山に、葵は困惑する。
「立花さんが抱えていた涙とか、苦しいっていう気持ち。
それを俺だと……俺のバケツだと受け止めきれなくて……周囲まで水浸しにしたんじゃないかなって。」
「…………」
「でも、あの二人はバケツどころか大荒れの海レベルだろ?
大波津波で誰の感情か分かりゃしない。」
自分で言って、自分のツボにハマったのか、佐山は笑い出す。
「……佐山さん……ごめんなさ……」
「謝るなよ」
佐山の気持ちに気が付けなかった。
そのことへ葵は謝罪しようとするが、佐山がはっきりと遮った。
「謝るなよ、立花さん。
俺は立花さんを好きになったことを後悔してないんだからさ。」
恨みも、嫉妬も、怒りも何もなく、普通に笑う。
「俺の気持ちのケリは俺がつける。
……俺の気持ちの決着まで無かったことにしたら、流石の俺でも泣いちゃうぜ。」
「ごめんなさい……。
佐山さん……あの……私なんか、を……好きになってくれて、ありがとう。」
「俺が好きになった人を、立花さんが"なんか"って言うなよ。
……俺が好きになった人は、誰よりも仕事が出来て、格好良い……優しい人なんだ。」
「…………ありがとう……佐山さん」
「おうっ!
…………まあ、もう一つは……あのお兄様方の相手は……俺じゃ務まんないよ。」
たはは……と苦笑する佐山に、葵は目をパチクリさせる。
「そう言えば……佐山さんは、兄たちと面識がありましたね。」
「まー……うん。
三者三様に個性の強いお兄様方……だよなぁ……。
あの三人、いや一人にだって対応しきれないよ。」
それまでの緊迫したような、日常のような……二人の間にあった微妙な温度の空気が緩む。
「……佐山さんなら、兄たちの相手も卒なくこなせると思いますよ。」
「いやいやいやっ!
あのお兄様方の圧迫面接はムリだって!」
それどころか、二人の間には何か通じ合ったような空気が流れていた……その時。
「「………………」」
ベンチに座る二人に影がさす。
「…………楽しそうですね……」
「あはっ!
私たちもぉ……混ぜて欲しいなぁ……?」
「ぴぎゃっ?!」
「っ……?!」
音もなく現れた存在。
「…………」
逆光で眼鏡の奥が見えない彰良。
「佐山先輩……抜け駆けですかぁ……?」
目が笑っていない笑顔の華乃。
「あー……抜け駆けなんてとんでもない!
俺は……ただ、そのぉ……業務上の相談を受けていただけ……」
佐山の背中に悪寒が走る。
「……その割には楽しそうな笑い声が扉の向こうまで聞こえていましたが?」
「そうですよぉ……もうすぐお昼休憩も終わっちゃいますよぉ。」
狼とライオンに睨まれた鹿のように、佐山は震える。
「あの……犬飼君、兼子さん。」
「なんですか、立花先輩。」
「はい!
せーんぱい、どうしましたぁ?」
葵が声を掛ければ、佐山に向けていた極寒の視線を瞬時に切り替える。
「佐山さんには、業務上の相談をしていただけですよ。」
「「…………」」
「二人が業務上でも、争っているから困っています、と。」
苦笑した葵が彰良と華乃へ説明すれば、気まずげに二人は視線を逸らすのだった。
