猫が飼い主にじゃれつくように。
喉を鳴らし、マタタビに酔う。
「葵……せんぱぁい……」
「えっと……兼子さん、そろそろ……」
「イヤですぅ……もっと、撫でてくださぁい……」
「(ほんとに……猫みたい……)」
ゴロゴロと喉を鳴らし、擦り寄る。
「……でもね、兼子さん……今、仕事中だから……」
「華乃です」
「え……?」
「華乃って呼んでくれなきゃ……離れません……」
「…………」
アーモンド型の目がジッと葵を見詰める。
「……華乃、ちゃん……?」
「っ……はいっ!
葵先輩って、私も呼んでいいですか?
良いですよね……!」
幼い子供が母親へ宝物を見せるように。
母猫に甘える子猫のように。
「…………もう、しょうがない子ね。
良いも、悪いも……呼んでいるじゃないですか。」
葵は苦笑して、受け入れる。
「葵、先輩……」
「……なぁに、華乃ちゃん?」
「っ……!
なんでもないです……!」
名前を呼べたことに。
名前を呼ばれたことに。
瞳を輝かせ、頬を上気させる。
「…………あー……そこのお二人さん。
先輩後輩の愛を育んでいるところ悪いんだが……」
「悪いと思うなら、帰ってくださーい」
「はーい…………って、コントじゃないんだが。」
「すみません、よしもと課長。」
「……吉村だからな。」
吉村は華乃とのやり取りに深いため息をつく。
いつの間に近付いて来たのか、吉村の背後には彰良の姿もあった。
「……兼子さん。」
「……失礼しました、吉村課長。」
「勤務時間中に失礼しました。
以後、気を付けます。」
上司への態度について華乃を窘め、素直に謝罪する華乃と一緒に葵も頭を下げる。
「あー……まぁ、良いんだけどな。
それよりも、本題に入ってもいいか?」
鴉の巣のような頭を搔いて、やる気のない声音で問い掛ける。
「来月の広報誌を兼子さんと犬飼君に頼むことにしたんだが……」
「吉村課長ぉ……犬飼さんと一緒なんてムリですぅ。
だって、私に対して塩対応すぎて空気が凍っちゃいます。」
「自分もお断りします。
兼子さんとは分かり合える未来が見えません。」
互いを指さし、拒否し合う。
「…………と、言う訳なんだ。
新人の頃は先輩と組ませたが、二年目だから互いにフォローしながら……」
「互いにフォローをする関係性では有りませんので無謀かと。」
「威圧感たっぷりの人が側に居たら、怖くて仕事になりませんよぉ……」
吉村の言葉を遮り、互いを拒絶する二人。
「……一応な、俺も色々考えたんだ。」
「……あの……私は関係ないのでは……」
「考えた末にだな……佐山君を補佐に付けようと思ったんだが……」
「(……今、スルーされたような……まあ、良いけど。
でも……気のせいかな……?
犬飼君……機嫌が悪い……いや、苛立ってる……?)」
睨み合わない程度に、視線で応酬する二人。
その片割れである彰良へとチラリと視線を向け、首を傾げる。
「佐山君からな……拒否されてしまった。」
「佐山さんがですか?
……それは……珍しいですね。
佐山さんは、卒なく何事もこなす方なのに。」
葵は同期の佐山が吉村の指示を拒否したことに驚く。
「佐山曰く、自分は猛獣使いでは無いそうだ。」
「…………は……?」
「狼とライオンを両方相手にして生き残れる内臓も、精神力も、持ち合わせていないと言われてな。
まぁ……その気持ちは分からんでもない。
分かってしまうから、強制はできなくてなぁ……。」
「狼……?
ライオン……?
それは……犬飼君と兼子さんのことですか?」
「それ以外に誰かいるか?」
「…………」
無言を返す。
それが答えだった。
「さて、此処で犬飼君、兼子さん。
二人にクエスチョンだ。」
「「…………」」
「来月の広報誌の担当を二人だけでするか……それとも、立花さんを補佐役に三人でするか?」
「やります。
立花先輩がいるならば、是非もありません。」
「やります、やりまーす!
葵先輩が一緒なら頑張れます!」
「え……いや、何で私の名前が出るんですか?」
「逆に、何でこの流れで出ないと思う?」
「…………」
「じゃあ、頼んだぞ。」
グッドラックの幻影が見えた。
良い笑顔を残して、吉村はさっさと退散するのだった。
