地下にある備品室。
決して広くは無い、微かに埃っぽい部屋に残された二人。
「(……何でかしら……最近、犬飼君が側にいると……変になる……)」
華乃に背を向けて備品チェックに集中しようとする葵。
……だが、頭の中には彰良の姿や言葉が浮かんでは、消えていく。
「(いけない……仕事中は集中しなきゃ……!)」
葵は頭を振って、仕事に集中しようと試みる。
「……先輩?」
「っ……あ、兼子さん……そっちは終わった……え、あの……?
(え、え……あれ、何か距離が……近い、ような……?)」
振り向けば、すぐ側に華乃の笑顔。
「ずっと難しい顔をして……何を考えているんですかぁ?」
「た、大したことじゃないですよ……それ、よりも……ちょっと近くない、かな……?
(な、んだろ……いつもとは雰囲気が、違う……?
ライオンに……狙われた気分って、いうか……)」
音もなく背後に忍び寄った華乃。
後退ろうにも、葵は背中には棚の感触。
「……先輩って……鈍いって言われませんか?」
「え……いや、そんなことは……」
華乃の微笑み。
微笑んでいるはずなのに、細まった瞳が感情を裏切っている。
「……妬いちゃうなぁ……犬飼さんと、名前で呼びあって……」
「っ……!
(聞かれてた……!
……あ、もしかして……トイレで言ってた……兼子さんの本命って……)」
脳裏に浮かぶのは約三カ月前のトイレの個室。
確か、本命は別にいると言っていた華乃。
「あの、もしかして……兼子さんは、犬飼君のことが……好き、だったり……」
「……ふっ……ふっ、ふはっっ……」
恐る恐る尋ねた葵。
一瞬だけ虚を突かれた顔をした華乃は、心底面白いとばかりに笑い出す。
「あーもう……笑わせないでくださいよ、先輩。」
「…………えっと……ごめんなさい……?
(……私、そんなに変なことを言ったかしら……)」
目尻に涙を浮かべて嗤う華乃に、葵は戸惑う。
「やあっぱり、先輩って可愛いですよねぇ。
……世界に二人だけになっても、私は犬飼さんだけは無いですね。」
「そ、そうなのね……。
(そこまで否定しなくても……。
あれ……だったら……妬いちゃうって……)」
あまりに強い華乃の否定。
「ねえ……先輩?
気が付きましたよね……?」
肉食獣が獲物を追い詰めたような瞳。
「私が、妬いた相手は……犬飼さんに、です……」
「か、ねこさ……ん……」
どんどん近付いてくる欲を孕んだ、熱い瞳。
「……好き、ですよ……葵、先輩……」
「っ……」
互いの距離がゼロとなり、耳元で囁かれた言葉。
「……もちろん……恋愛的な、意味で……です」
動揺しつつも、華乃の肩を掴んで離そうとする。
「ま、まって……私は……」
だが、首に腕を回され、視界には妖しい色香を纏った華乃だけになる。
「女同士、でしょ?」
「そ、そう……です……私達は……」
クスリと笑う華乃の赤い唇。
「……女だから、葵先輩が好きなんじゃありません。
葵先輩、だから……先輩の全部が欲しくなる……先輩が誰といても……最後に欲しくなる相手は……私にしちゃいます。」
吐息が触れ合うほどに、近付く二人の距離。
遠くから近付いてくる足音。
「……泣き顔も、笑顔も……全部、ぜんぶ……私だけのモノにしたい……ね?」
「っ……ん……?!」
重なる唇。
交わる吐息。
「……っ?!」
二人の距離が無くなったその時、音を立てて開かれた扉。
「……離れろっ……!」
「…………あら、犬飼さん。」
黒縁眼鏡を外し、息を切らせた彰良の声。
唇だけを離した華乃が色香と悪意が混ざった笑みを向ける。
「……っ…………あ……。
(見られた……!
いま……私……逃げられなかった……わた、し…………)」
確かに重なった唇を押さえ、葵は呆然と瞳を揺らす。
「っ…………!」
唇を噛み締めた彰良が、葵の腕を掴み引き寄せる。
「……っ、か弱い女相手に乱暴ですね。
ああ、それとも……葵先輩を奪われそうで、余裕がないんですか?」
物理的に華乃を葵から引き離し、抱き寄せた。
「……っ……あ、きら……く……」
シトラス系の彰良の香り。
包まれた瞬間に、強張っていた力が抜ける。
「…………先輩っ……!」
呼ばれた名前に、抱き締める力が強くなる。
「あはっ!
図星ですね。」
無言で睨む彰良に、心底楽しそうに笑う。
「せーんぱい!」
「っ……」
彰良の胸板に隠された葵を覗き込むように向けられた視線。
愉悦を含んで呼ばれた声に、ビクリと震える肩。
引き寄せ、抱き締めた腕に力が籠る。
「続きは次の機会に取っておきますね。
……今度はお犬様の邪魔がはいらない時に……ね?」
赤く色付いた唇に人差し指を当て、色気を含んだ笑みを浮かべる。
「……次はない……絶対に、だ」
奥歯を噛み締め、拳に力が籠る。
「…………」
腕の中の葵を傷つけないように。
渦巻く怒りと殺意を視線に込める。
「あら、怖い……でも、最後に選ぶのは……葵先輩だわ」
「…………」
無言で威圧する彰良。
妖しげな微笑みだけを残し、華乃は立ち去るのだった。
