外からの光を隔てる重厚なカーテンが音もなく動き出す。
街並みを見下ろす大きな窓から、太陽の光が差し込んでくる。
「……う、ん……」
差し込んだ光に反応して、深い眠りの底にいた葵の意識が浮上する。
「……うっ……あ、たま……いたっ……」
久しぶりにそれなりのアルコールを摂取した影響か、痛む頭を庇うように葵はゆっくりと起き上がった。
「……え……」
眠気と痛む頭を押さえた手をどかせば、見慣れない部屋に眠気が吹き飛ぶ。
「ここは……どこ……?」
大人が三人は眠れそうな大きなベット。
透ける薄いレースの向こう側には、遥か下に街並みが広がっている。
「……ほ、てる……じゃない……」
生活感をあまり感じない、物が少ない部屋。
グレーで統一されたシーツやカーテン。
「あれ……え……?
これって……」
己の置かれている状況が分からず、軽く混乱している葵だったが、その手に握り締めていた物に気が付く。
「……あ……え、うそ……これ……」
葵の脳裏に昨夜の出来事がポツポツと蘇る。
「(……私……私……い、犬飼君、相手に……色々とやらかしたような……?)」
黒木の魔の手から助けてもらい。
二人で並んで座った駅前のベンチ。
酔いが回って眠った自分。
そして……背広を掴み、至近距離で見た彰良の顔。
「(あ、あっ……!
誰か嘘っていってよ……何やってるの自分っ!)」
彰良の背広を掴み、冷や汗をかいたり、顔を真っ赤に染める葵。
「……ど、どうすれば……」
後輩にたくさん迷惑を掛けてしまった事実に、葵はどうすれば良いのか分からなくなる。
「っ……?!」
「っ……せ、先輩……その、起きていらっしゃったんですね……」
そんな葵を尻目に寝室の扉が静かに開かれ、彰良が顔を出した。
「いっ、犬飼くんっ……!」
「ええ……おはようございます。
よく眠れましたか?」
普段よりは何処かぎこちない彰良の様子に気が付けないほど、葵は一杯いっぱいだった。
「あ、えっと……お、お陰様でよく眠れました……じゃなくて!
わっ、私……ごめんなさい……たくさん、迷惑を掛けてしまいま……」
「自分は、迷惑なんて思っていませんよ。」
「え、いや、でも……助けてもらった挙句の果てに、眠ったり……とか……。
それに……背広もシワにしちゃいましたし……と、泊めてもらって……ほんとに、ごめんなさい……」
「……それを言うなら、自分も酔って眠った女性を自宅に連れ込むような真似をして申し訳なく思っています。
……それについては、弁解の余地はありません……」
泣きそうなほどに動揺する葵を落ち着かせるように、そして彰良自身も眉を下げて視線をそらす。
「犬飼君は悪くありませんっ!
私、酔っ払って変な真似をした……」
「していません。」
「でも……せ、背広……」
「それは……まぁ、離して貰えなかったのは……困りましたが……」
彰良の脳裏に葵の姿が浮かび、思わず苦笑してしまう。
「………………」
「逆に先輩は……不安じゃないんですか?」
「え……何がですか?」
己の失態に無言で頭を抱えた葵を、ジッと見つめた彰良が問い掛ける。
「後輩とはいえ、自分も男です。
……繰り返しますが、酔った女性が男の自宅に連れ込まれている状況は、あまり褒められたことではないと思うのですが。」
「え……自分を大切にしろと叱ってくれる犬飼君が、私を傷付けることをするはずないでしょう。」
「…………先輩は、自分を買い被りすぎですよ……。
確かに、先輩を傷付ける真似は絶対にしませんが。」
一寸も疑う余地もなく返された葵の答え。
「……先輩、眠っている女性の服を触るわけにはいきませんでしたので。
シワになるとは思いましたが、ジャケットは脱がせていません。
身支度もあると思いますので、何かあれば声を掛けて下さい。」
決して寝室の扉の側から動くことのなかった彰良。
「犬飼君」
「はい……先輩、何か……?」
彰良の背広を胸元に持ったまま、静かに近付いて来た葵に動揺する。
「あのね、私を助けるために探してくれて、助けに来てくれてありがとう。
酔った私を守ってくれて……ありがとうございました。
……背広も、すごく安心したの……ありがとう」
恥ずかしそうに下に向けていた視線を、真っ直ぐに感謝を伝えるために葵は顔を上げる。
「っ……自分は、当然のことをしただけです……!
…………だが、こういう場合は……どういたしまして、で合っていますか……?」
「……"どういたしまして"が……私は嬉しいです。
犬飼君にありがとうの気持ちが伝わった気がしますから。」
体格差から必然的に上目遣いになる葵。
「……一旦、失礼します……!」
逃げるように寝室から飛び出す。
後ろ手に扉を閉めた彰良は、そのままズルズルと座り込んでしまう。
「……くそ……反則だろう……!
(俺だけに向けられた笑顔も、何もかも……!)」
頭を両手で抱える彰良の髪の間にのぞく耳や首筋は、しっかりと赤く染まっていたのだった。
「……犬飼君も……二日酔い?
体調が悪かったのかしら……?」
お礼を言っただけで、慌てたように寝室を後にした彰良に首を傾げる葵。
「……あったかい……安心するのは、本当だもの……。
(……本当に、不思議……どうして、犬飼君が相手だと安心するのかしら……?)」
胸元の背広に頬を寄せ、葵は嬉しそうに目を細めるのだった。
