「会社の中だからダメです」
「そうか。まじめだな」
そうして、恭司が事情を説明してくれた。
「難波がえらく気にしてるのもあって、あんたを呼び出すのが、ちょうど良いと思ってな」
「新宮だと良くなかったんでしょうか? 実は父には黙って就職試験を受けたんです」
美桜は言いづらそうに俯いた。
「じゃあ、両親は知らないのか?」
「はい。親元から離れたかったのもあって……最近は連絡もとっていません」
ぎゅっと両手を握りしめる。
親に対して薄情すぎるかもしれない。
心配していたら、恭司が頭を撫でてきた。
「あんたが気にすることはない。ただ、まあ、俺としては前途多難だと思っただけだ」
「前途多難……?」
「まあ、こちらの問題だ。いざとなれば強行手段に出る」
「危ないのは良くないと思います」
「安心しろ。俺を誰だと思ってる? 欲しいものは全て自分の力で手に入れてきた。今回もそうするだけだ」
恭司の瞳がギラギラと野生の獣のように光って見えて、美桜の背筋がゾクゾクした。
ふと、気になっていることを話しかけることにした。
「そういえば……お見合い話が出ていらっしゃるんですか?」
「なんだよ、ヤキモチか?」
「……っ、そんなことは……」
ないとは言い切れなかった。
すると、恭司が耳元で囁いてくる。
「安心しろ、全部断ってるから」
恭司が美桜の頬にかかる髪を耳朶にかけてきた。
ドキドキ落ち着かない。
「あんたこそ俺以外の男と連絡とりあってないだろうな?」
美桜は逡巡した。
(新宮部長から連絡はあったけど、1回メールしただけだし、連絡をとりあってるうちに入らないよね?)
それに異性関係ではなく上司と部下とのやりとりにすぎない。
少し返事に悩んでいたら、恭司が話を切り上げた。
「まあ、土日一緒に過ごしてる限りはいなさそうだったからな」
「え?」
小さすぎて聞こえなかった。
「そうだ、今日も猫の世話に行ってもらえるか?」
「はい、そのつもりです。恭司さんが嫌でなければ、ご飯を作ろうと思っているんですが、キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あんたの手料理、うまそうだな。楽しみにしてるよ」
恭司が少年のように微笑んだ。
「ありがとうございます」
恭司はまだ打ち合わせなどがあるらしい。
名残惜しさはあったけれど、彼から連絡先を聞いてから、美桜は退室したのだった。


