冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい


 美桜は川のせせらぎの音を耳にしながら、橋の欄干にもたれかかった。ふうっと溜息を吐きながら、川の流れの中に揺られる夕陽の姿をぼんやりと眺める。
 わりと静かだったのだが、背後で突然、日本人女性数名の声が聞こえてきた。
 ビクン。
 脊髄反射で身体が跳ね上がる。
 心臓がバクバクと高鳴って、息が苦しくなってくる。

(同じ旅行客の女性よ。落ち着いて、あの女性達は彼女たちじゃないわ)

 そうは思うけれども、会社での出来事を思い出してしまって、せっかく上向いていた気持ちが一気に沈鬱なものへと変貌していく。
 美桜は伏し目がちになりながら、暗い水底へと視線を向けた。

「自分なりに真面目に頑張って生きてきたんだけどな」

 子どもの頃から親の言うことには逆らわずに生きてきた。会社員勤めで役職持ちの父と専業主婦の母。美桜が物心ついた頃には両親は不仲だったが、美桜がおりこうさんで過ごしていたら、二人とも自分にだけは穏やかに接してはくれていた。
 父は会社の重役だったこともあり、母は周囲の人々に気を遣って過ごしていた。
 
 ――自分さえ逆らわなければ、我慢しさえすれば、周囲が平和なのだ。

 だったら、自分の意見など押し殺して生きていくのが一番だろう。

 高校だけじゃなく大学だって、両親が望む場所に通うと決めた。友達だってそれなりに出来て楽しかったけれど、自分が本当に勉強したいことだったのかは、自分自身でもイマイチ分からない。
 社会人になっても「実家で過ごすように」と言われたが、さすがに息が詰まりそうで……会社も離れているからと、どうにか両親を説得して一人暮らしをさせてもらえることになったのだ。
 就職先として決まったのは、父親が勤めている会社の系列の子会社だった。
 結局、親の目からは離れられない感覚になりつつも、自分自身の力でなんとかやってみせる。そんな風に意気込んでいたのに……。

(結果はこの有様よね)

 両親の敷いたレールの上を生きると決めたのは自分だ。
 けれども、どうしようもなく虚しさが募る。
 美桜は首を横に振った。

「考えないようにしようって、わざわざドイツまで来たっていうのに」

 こんな調子では良くない。
 そう思って両手で頬をパシンと叩いた。

「くよくよしていても、どうにもならないもの」

 今は海外で気分転換を図るのだ。

(これから先のことは、日本に帰国してから考えていきましょう)

 そんな風に思うと、また少しだけ気持ちが上向いてきた。
 とはいえ、道路の喧騒から少しだけ離れたくて、もう少しだけ人気のない場所へと歩むことにする。
 しばらく歩いた先にある橋の欄干には――長身の先客がいた。

(あれ? あの人……)